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zoom RSS 人としての理想像

<<   作成日時 : 2006/07/21 11:47   >>

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元々、「農協」という言葉が海外で使われる迄は、日本人と言うだけで評価が高かった事に着目しなければならない。
日本が度々出てくるようになったのは、千年以上昔に遣唐使として、中国に渡り、使節として・学生として中国人から高い評価を受けています。そのような人々を輩出する国として驚きを持って見られていたと考えられる。
マルコポーロの「東方見聞録」を初めとして、十六世紀に渡日した西欧人達は、見聞を帰国して書き記しています。
特筆すべきは、十九世紀終わりから二十世紀初頭に掛けて日本は鎖国していたにも関わらずアールヌーボーという西洋社会における文明的変身に、思想では仏教が、そして美術界においては浮世絵が引金になった事は論を待たない。
そして、おおかたの四五十台の男性が子供の頃理想としたのは、西郷隆盛・坂本竜馬がランキングトップに君臨しているのも間違いないであろう。
当時の日本には福沢諭吉・渋沢栄一・岩崎弥太郎・伊藤博文等、きらめく巨人揃いであった。
そして、我が松山では司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」をテーマとして『「坂の上の雲」の町づくり』を中村時広市長の発案で推進しています。
小説の冒頭から主人公として活躍しているのが秋山好古です。
彼は、十歳で明治維新を迎え、旧体制での教育は中途迄しか受けられず、明治新体制での教育は無論のこと受けていません。
しかし、小説の冒頭で弟真之が口減らしされようとした時に、司馬良太郎の弁を借りれば、「あのな、お父さん、赤ン坊をお寺へやってはいやぞな。おっつけウチが勉強してな、お豆腐ほどお金をこしらえてあげるぞな」と言う言葉から滲み出てくる『人間愛』とわずか十六歳にして、片道切符で大阪へ上り、代用教員の試験を皮切りに、本教員・師範学校にも受かり、翌年には陸軍士官学校に迄合格する『頭の良さ』を兼ね備えています。
小説では、軍人行政官としての手腕・騎馬軍団の創設とそれを率いての日露戦争での采配振りを紹介しています。
数十回に亘るであろうこの稿において、如何に現代の青少年に好古のような人間愛に溢れ、創造力逞しい生き方ができる人格形成に繋げるかをテーマとしたく思います。
次回から、これ程に素晴らしい日本人の資質から畠山鈴香容疑者に繋がったかを論理展開します。

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