よく考えよう

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本人の気質を求めるその四(カルチャーの連鎖)

<<   作成日時 : 2006/11/10 11:13   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 1

今までの論述で天皇家が文武天皇によって権力闘争に勝ち抜いたと得心頂けたと思う。
それからの千二百年間という歴史がカルチャーを語る上でこの上なく重要と主張したい。天皇家を形だけでも最上位に置いて過した時間という意味は、一つの壷の中において千二百年の間時々色々と添加し、ゆっくりと混ぜ合せ他の地域では実現しなかった醗酵と熟成が為された。
縄文人にも文化はあったであろうが、倭族の弥生文化とはギャップが有り過ぎた。何しろ、前四十世紀には葛を使った織物を持ち、前三十世紀には王城を築き、様々な職種集団を形成したのが倭族なのですから。それを基礎に、倭族を追い出した黄河文明の儒教・仏教を取り入れ、奈良や京都に律令首都を構築したのが始まりだった。
その後も、日本は大陸を通じて様々な文化を時には学び、時には盗みし乍近代日本へ歩んだものと思われる。余り言われていない事だが、秀吉の朝鮮出兵における真の狙いは朝鮮の陶工達であった節がある。足利氏の勘合貿易の成果である五山文化における磁器の役割は突出したものがあった。
黄金の茶室を造る程に、茶道に憑かれていた覇者は、自身の文化の創造者としての最後の仕上げとして磁器の国産化を図りたかったに違いない。それ迄磁器は高価なもので権力の象徴てもあった。一般武士階級が食事に用いる器は木製であった。朝鮮陶工を連れて帰る事による富の集中を狙ったというのが真相のようだ。事実、江戸初期において全国各地で釜が開き、磁器の名品が続々と出ている事が何よりもの証左であろう。
今日の日本では、百円ショップに行けば大抵の磁器による食器が調達できる。
これこそが、日本文化の深遠を見せてくれる一例でもある。
折角、倭族の稲作の開始から数えれば一万年にも及ぶ文明の連鎖の大部分を断ち切った明治政府の罪は重い。欧米列強の富に追いつかねば植民地化されるという恐怖心から全ての事象から目を背けたのであろうことは想像に難くない。政権を奪取した人達が若く、様々な創造性に欠けていたという現実を直視しなければならない。連鎖によって築き上げられた成果(人格教育)によって、明治は巧くいったかのような幻想を抱くに至った。その結末が敗戦である。我々日本人が奴隷にならなかったのは、偶々時代が良かったという運命の悪戯という事を強く思い知ろう。我々は運が良かったのだ。
戦後の高度成長やメカトロニクスの発明など皆、明治以前の遺産によって成し遂げられている。それもその遺産は底を着きようとしている。現実の教育の退廃による虐めや自殺の問題が噴出している。我々日本人はそれを真に認識し、一万年に及ぶカルチャーの連鎖から我々が得たものを再認識し、真に我々の再出発の原点にしなければならない。次回は、天皇家を頭に抱いた壷の中身について語ろう。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 6
なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
日本の起源・天皇家の始まり・明治政権の贖罪など日本人の現代がどこで変化の起源があるかを興味深く読ませていただきました。朝鮮半島から渡って来た事は多少知識がありましたが、中国本土に起源を持つ人種である話は初めて知りました。天皇家の話は諸説数あるものですが、宮内丁の資料はどのように書かれているのか知りたいですね。
同族間で血で血を争う権力闘争は世界中の国家祖先で見られてますが、1200年の間、その地位を温存された文化は他にないのでしょう。
30年位前に青年海外派遣に際し、皇居へ行き当時の皇太子殿下(平成天皇)に謁見したことを思い出します。
神々しいオーラを感じ頭の中が真っ白になりました。
そのようなことを思い出しながら今後のブログを楽しみにしております。
チャーリー
2006/11/17 13:45

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
日本人の気質を求めるその四(カルチャーの連鎖) よく考えよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる