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zoom RSS 日本人の気質を求めるその五(カルチャー:仏教の伝来)

<<   作成日時 : 2006/12/04 16:54   >>

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天皇家という器に盛られた我国の歴史の流れを追う。
歴史は、切口によって様々な顔を見せる。我々が学校で習う歴史は、支配者が変遷するものが中心になっている。これが女性の目から見ると、随分違ったものになっている。NHKの大河ドラマは同じテーマを幾つもの切口で見せてくれるので分る人が多い。
この稿では、「何を教えるか」がテーマであるので切口は文化と言う事になる。只、現代との比較をやりやすくする為に経済の切口からも歴史を追っていきたい。
弥生人が100〜200人の集団だったというのは以前紹介した。これは、渡来した時は200人であったものが奈良時代の正倉院古文書によると、一戸100人強になっているという記載は、数万年の間に生産性が倍増したということであろう。このレベルの生産性になって中央集権国家を支える経済基盤となったと筆者は見る。
班田制の基、徐々に収量は増えていったようだ。
天皇専制の礎は、推古から天武の飛鳥時代に築かれている。その頃法治国家としての体裁を整える為に大陸文化を涙ぐましい努力をして輸入している。その切欠は、大陸に強大な隋・唐の出現で独立を脅かされる恐怖心が挙げられる。
こうして律令制度とそれに付随する儒教を始めとする諸子百家の学問と当時隋・唐で鎮護国家の要として用いられた仏教を学ぶことを国家の事業として取組んでいる。唐・新羅連合軍に白村江で敗れた事がそれに拍車を掛けた。
殊に仏教は聖徳太子の三教義疏に始まり、大仏殿建立に象徴される奈良の南都六宗の隆盛したが、厚い保護が祟って僧尼の質の低下と相まって道鏡事件が起き南都六宗離れになった。次いで、最澄が比叡山延暦寺で天台宗・空海が東寺(教王護国寺)で真言宗を立宗するに至って現在の仏教成立の基礎が築かれた。
元々、万葉集が編纂された事からも分るように自然に恵まれ感情豊かな我国の祖先はこれらの大陸文化を砂地に水が吸い込まれるように吸収され、次の時代に純文学と和歌が花開く事になる。
時代は天皇専制の終焉を迎え、荘園全盛となった頃、その警護需要から武士が登場したものと思われる。武力を持った武士団は荘園制を根底から突き崩し、農耕に牛馬を使うようになって飛躍的に生産性が伸び、それが武力の充実に繋がった。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
千葉のおいどんです。品格のあるブログですね・・・こちらは歴史を紙芝居にしていますよ・・・(*^_^*)
「おいどん」
2006/12/05 21:55
はじめまして!
デクといいます。
北海道の学生ですが、ブログを読ませてもらって考えさせられました。
今後も読ませていただければと思います。
サークルのほうもよかったらよろしくお願いします。
デク
2006/12/05 23:41
歓迎しますよ。
Hbar
2006/12/06 04:20

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