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zoom RSS 年を一つ重ねるについての心構え

<<   作成日時 : 2006/12/25 12:26   >>

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もう直お正月です。
又、否応無に年が一つ重ねられていきます。
年を重ねて弁えるべき開運を考える時心掛けている事を綴ります。

運というものは、大きな河が流れているようなもので、その河に入っている人の周りを時間の経過と共に流れていると捉えています。
ですから大きいのから小さいのまで含めると無数の運と一瞬ごとにすれ違っているのです。

では運がつかないと言った人はどうなっているのでしょう。
運は切れ目無く流れているのですけれども、縁のあるものは一生に数える程というのも事実です。では何時も流れているものに気が付かないのでしょう。

一つ目には開き目暗だから、あっても見えていないという事です。見えていない理由に大きく分けて二通りあります。
一つでも運を掴んだらその運に夢中ですから他の流れている運が見えなくなるので分らないのです。二つ目はほんの近くを通っても見えない人が殆どだという事です。運を見るためには条件があるのです。

運を見せない最大の敵は執着に他なりません。昔から悟った人がいう事は「空」とか「無」になる事を薦めているのをご存知でしょう。
それが必要なんですね。偶々執着を離れた時に幸運が舞い込んできます。
只、無とか空という概念が分ってこそで、普通は学校でも習わないから分りません。運、運と言っていると幸運は逃げて行くものです。又、現実に見えるものを掴まえると、それに夢中になり運は逃げて行きます。

昔から言われて居る事ですが、和顔愛語に始まる「布施」をする事が推奨されています。無私という事ですね。人の為だけにしていれば結果的に自身が空になり無になるというのが理屈です。

ですから、私の開運は自身を放り出して何物にも執着しない事を心掛けて居ます。欲を放り出しているから道は遠いのですが。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
私はあまり運がいいとか悪いとか考えたことがありません。運になど期待していません。やるべきことをやるだけという醒めた気持ちでいます。幸運などには縁のない人間だと思っています。事実、幸運に恵まれたことはありません。
首藤
URL
2006/12/25 15:09
当り前の人生と思ってお出でかもしれませんが、運が良いとか悪いとか思わないほど良い人生はありません。心掛けの悪い大抵の人間は思えば後悔しきりのシーンを数限りなく経験している者です。その度に、思い悩んだ結果不幸の坩堝に入って行きます。良い人生は感謝するべきと考えますが。
Hbar
2006/12/26 05:49
運の善し悪しは、初めから人に備わっているものではありません。
その時時、自分が一番いいと思ったことをした結果、それがよい結果だった時は運がよいと思えるでしょうし、ボタンの掛け違いで悪い結果になったら、運が悪かったと思う事になります。
つまり運の善し悪しは、自分の行動が生み出すものです。
かといって、幸運を得るために自分の考えを捨てて行動したなら、例え、幸運を掴むことが出来ても、自分を欺いた悔いは残るでしょう。
何事も、自分の意志のままに、忠実に生きることが大切だと思います。
六十路独り言
2006/12/27 14:06
流れてくるご縁は人によって見えるものと見えないものがあります。平等に流れているんですけれど、誰にでも物理的に見えるものでさえ開き目暗という言葉がある位ですので、能力が無いと見えないものは尚更です。直傍を通り過ぎているのに知らぬ顔しているものです。その出会いは男女のそれに似ています。運と言うのもご縁という事です。ですから良い心掛けというのが必要なのです。大切な事は願い学ぶ事に他なりません。
Hbar
2006/12/30 13:08

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