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<<   作成日時 : 2007/01/24 19:40   >>

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「八王子だより」さんのコメントに寄せて
20 06/9/26〜2006/11/20
Hbar 9/26
この狭い地域の中でと断っております。
想像では中国の一定の地域にはもっと発酵食品がありそうにも考えられます。
何しろ、発酵というのは文明の継続の賜物でもありますから。唯、醤油のような傑作は日本でのみ作り得たものでしょう。
後は、専門家に任せたく思います

Hbar 9/26
これからがいよいよ本番に繋がる様々なテーマが登場する事になります。今までの様々なご指摘を参考にさして頂きながら頑張って書いていく所存ですので、ご意見が御座いましたらどんどんこの「一問一答」に寄せて頂ければ幸いです。サークルの仲間から色々と指摘を受けながらこのブログも成長させて致したく考えております。宜しくお願い致します。

六十路独り言 9/26
世界には多くの発酵食品がありますが、味噌やしょうゆは日本の特徴的な発酵食品です。それではこれらを長い間食べ続けてきた日本人にどのような影響を与えてきたのでしょうか?日本人の日本人たる資質、所以の何を育てることに役立ったのでしょうか?味噌やしょうゆを食べなかった欧米人との違いの何処に影響があるとお考えでしょうか?それを書かなければ、単に発酵食品についての蘊蓄の披露に留まってしまいますし、教育との関係が理解できません。

Hbar 9/27
子供達が所謂学問をせずに、テレビの娯楽番組やコンピュータゲームに夢中になるのは由々しき事です。
老人が元気で若者に元気がないという現象こそ、人格教育を疎かにしている学校教育の生贄に他なりません。
老人と若者の差というのは、肉体のみではありません。自身の人格に対する自覚の差が大きく思われます。人間は年齢を重ねる程に自覚が強くなり自身そのものは若返ります。
所が、現在の若者は親は金に追われて心を失っているし、教育に対して祖父母の主張は自分達には関係ないと言い放つ始末です。
これでは、若者に自身の人格を持てと言う方が無茶です。
これは短歌随想に対して感じたコメントです。

八王寺だより 9/27
私が言いたかったのは、現在の秘本社会は、健全な生活リズム、食習慣が失われている。それを取り戻すことをみんなで考えましょうとう提言でした。人格教育を疎かにしているということとは違うと思うのですが。
「日本社会」のつもりが、「秘本社会」になっていました。訂正します。

Hbar 9/27
健全な生活リズム、食習慣が失われている。それを取り戻す為には、本人の気付きがなければなりません。自身で気付かなければだれもどうもしようのないのが自分自身です。
自身で頑張って良い生活をする気付きが肝要でしょう。それを誰が教えるのかと言えば、核家族になってしまった今、教育しか担えるものはありません。

八王寺だより 9/27
今の社会生活をしていると、本人が気づかないうちに、生活のリズムが狂ってきます。人間が心身ともに健康であるためには、早寝、早起き、大便をして、朝食を食べ、体を動かし、規則正しい生活をしなければならないと言うことに気づいている人がまだ少ないのです。まず、それに気づいた人たちが、回りを啓蒙していく段階です。それを私は提言しているのです。

Hbar 9/27
啓蒙では、追付かないのが現状があります。
啓蒙というのは、本人に自覚あればこそです。自覚に乏しい者に知らない事を教えても入りようもないのです。
入る人には、ほんの少しの示唆を与えるだけで解ります。ですから、如何にして入る人を造らねば何にもならないと考えます。

八王寺だより 9/27
少数の人が気づいた真理が、大勢の人の常識になるには、長い時間が掛かるのです。ある程度まで広がると、後は一気に行きます。その間は、啓蒙の期間です。すぐに分かる人間を過半数作るなどということは、不可能です。日本だけ考えても、1億2千万の人間を、自覚のある人間にするなどということは不可能です。人類が地動説が受け入れるのに、どんなに時間が掛かったかを考えただけでも、啓蒙の大切さが分かるのではないですか。

Hbar 9/27
我々のレベルで解る事は、結構それに近いことを考えたりしているものです。又、人から聞いた事でも自分が思いついたように思う人も多く居ます。
あそこで何か言っていると言うだけで、結構関心を持つ人は多いと思っております。利口な人は多いのです。偶々言いだしっぺが必要なだけであろうと考えます。
案じるより産むは易しというじゃないですか。

六十路独り言 9/27
人格と食習慣を同列にして考えることには無理があります。なぜならば、食習慣は生活習慣の一つであり、どちらかというと行動の範疇に入ります。それに反して人格というのは理性や感情の混ざり合った、どちらかというと精神的な次元のものです。 「衣食足りて礼節を知る」と言われるように、食生活が充実している人は、集中力があり、能力の発揮も上手です。かといって、全員が人格ができているかというと、そうではありませんし、人格者がすべて充実した食生活、食習慣を持っているかというとそうでもありません。 生活習慣も人格の養成も、知識の授与、体力の増進と共に教育の柱ではありますが、ごちゃ混ぜにしないで、分けて考えることが必要です。 食生活については、学校なら、家庭科や保健の時間に学習しているはずですが、効果を上げていません。やはり、インスタント食品や外食の容易さという時代の流れが大きな原因となって乱れているのです。今「食育」の大切さが言われていますが、やはり、家庭での日々の暮らしの中で学ぶのが一番です。そのためにも、主婦、お母さん方への正しい啓蒙をマスコミなどが行うべきです。 しかしこれを強制すれば、言論の自由の束縛、思想統一などのそしりを受けかねません。政府公報の時間などを作って、啓蒙することが大切でしょう。

Hbar 9/28
発酵食品を事例にあげたのは、同じ米や大豆に塩が原料で、原料とは似ても似つかぬ姿になる、それも一つの樽の中で熟成すると言う事を気質の形成と似ていると感じたのでつかいました。
物理的な、違いは明白ですがそれはご勘弁願いたい。
後、一万文字位で顕れるものを発酵食品と形容しただけの事です。

Hbar 10/1
お二人の長老からブログに対するコメントとして、何が言いたいのかという強いお叱りを頂きました。ブログのコメントで書きましたようにカルチャーの本質について説明をさせて頂いたものです。
ここ迄、書き進めれば何を書きたいのか凡そ推察して頂けると思います。自分を運用できるにはどうすればよいのか。教育がどう関わっていけば良いのかという二つの命題に対する答に他なりません。
殆どの方々には理解できない禅問答で書けば、一挙に結論が書けるでしょう。そんな言い方では分らないというブーイングは目に見えています。
それと、結論は既に出してもおります。第二回目に「人としての理想像」を書きました。それから類推したものが結論に他なりません。その為に、「人とは何だ」「小説坂の上の雲」を出しているのです。次は、その結論に誘うカルチャーの説明を始めようとしています。それが気質を形成しているに相違ないからです。ここの説明が巧く出来ないが為に、教育が迷走しているのです。
直に、解る事であれば僕が書く必要もありません。とうに世間の常識になっているでしょう。今回の試みは、常識を創ろうというドンキホーテ的行為と自分では考えております。
懲りずに、ご意見を出して頂きたく存じます。若い方々からも是非ご意見頂きたいものです。

Hbar 11/20
虐めは欲望かという質問にお答えします。
欲望からの派生といった方が正しいかもしれません。欲望の範疇には入ると考えます。ブログで詳解させて頂きましたように、遺伝子が何を望むのかから派生するのが欲望と名付けられています。人間として本来的に欲するものでは無いのです。人間としては、楽しみこそ欲すべきでしょう。欲望と言うのは、人間でない遺伝子が喜ぶことなのです。そこの所をよくお考え下さい。



「六十路独り言」の疑問点に答えて
2006/8/23〜2006/9/29
Hbar 8/23
もう一つ小説坂の上の雲はつまです。
あの時代になぜああいう群像が出てきたかを書く為に丁度松山で行っている政策ですから取上げただけです。
そんなに重要視していません。

Hbar 8/26
小説「坂の上の雲」が何を教えてくれるか三で、日露戦争の最高殊勲者を西郷従道と山本権兵衛を挙げた。
政治の本質を貫いた二人であつた。現代政治も同様である。ここまで落ち込んだ日本(人間の本質)をどう建直すかが現代政治家に掛かっている。
そこの所、よく弁えて政治をして欲しいものです。

Hbar 8/28
首藤さんには一度目は
「内容は、陸軍より海軍が素晴らしいと取られたようですが、それはとんだ思い違いです。西郷と山本がやらねばならぬ事をやり、山県有朋が呆けていたという内容です。
これは、後でこの段締め括りに書きますが、政治家の優劣によって国運そのものまで影響される具体例を示したつもりです。
どういう人間に育たねばならないかは明白です。
問題があっても、それを見向きもしない人が良いのか、物事を本質から考え、前例が無く、違憲で切腹を覚悟ででも意志を通す人になるように教えるのか、雅に国の浮沈を掛けた戦争であればこそ答えがはっきりしたんでしょう。
これも「何を教えるか」のさい重要テーマだと考えております。
できれば、掲示板において色々考え方の相違を書き合い、自分でしか分らない事をより高みに導いて頂く事を願っております。
若輩者ですが、息長くお付合い頂き色々とご指摘お願い致します。」
二度目は
「無論、司馬遼太郎の事を筆者と書かせて頂きました。
この項目では、ご承知されておられるように小説「坂の上の雲」の読書感想文でもあります。ここを引っかかりに、明治の罪と江戸の教養を論理展開していく所存です。
そこから現在の日本の抱えている本質に迫り、「何を教えるか」結論に持っていく積りです。
私は、あくまで平和主義者ですので、軍事礼賛という結論にはしない積りです。この項も、現在の政治家や官僚の批判材料として後で登場させる予定です。
只、ぶっつけ本番で何の構想も練らずに、自身の持っているものを繋ぎ合わせて書いておりますので、見苦しい所も多々あると思います。
大目に見て頂ければ幸いです。」
と書かせて頂きました。
できれば、掲示板で「のりふみ」さんや「なら」さんも「大蔵」さんもその他の方々も色々とご意見があろうと思います。一応う「一斉同報」でお知らせしましたようにサークル掲示板で議論をしたいものです。

NETの野草 8/28
私は憲法改正論者です。人類の創生以来、良い悪いは別として強いものが勝ち残り、弱いものは衰退または消滅して来たことが過去の人類の歴史です。現在でも争いが絶えないのは、各民族が少しでも裕になりたい欲望が根元に有るのではないでしょうか。地球の資源は有限です。最近石油価格が高騰している理由の1つに中国の近代化が上げられます。どこの国も近代化され裕になる事は良いことですが、中国のような大国が少し近代化されるだけでエネルネルー危機が起こるのです。私は,次には食糧危機が来ることも予想しなければいけないと思っております。今後中国,インドが近代化され先進諸国と同じ食生活が始まれば、今でも世界中には餓死する人もいるほどですから、今の食生活はとても維持できません。
 私も戦争は大嫌いで、昨年戦時中悲惨な経験をした姉を励まして、後世に残すべき戦中戦後の記録として「昭和の絵手紙」という小中学生にも理解して頂けるような絵本を編集出版致しました。しかしながら、戦争が嫌いだからと言って全てが話し合いで事が済むでしょうか。国連のアナン事務総長が、大変な努力を重ねても中東の紛争は収まりません。太平洋戦争への参入に日本がトリガーを引いたのも、昭和初期の世界恐慌と、天候不順の不作による農村地帯の食糧飢饉と貧困が一因とも云われます。
強盗が女子どもだけ家庭にの押し入って、金品をを盗れば国内では、警察と法律によって処罰されますが、現在の国連では、この法律と警察機能の形は有っても十分には機能していないように思われます。個人が家に錠をする,番犬を飼うと同じように、国としても自己防衛は必要と思います。現在の自衛隊は犬小屋に轡をはめられ、閉じこめられた番犬と同じで何の役にも立たないように思います。せめて番犬としての機能と国際警察機能の強化に協力出来るような自衛隊にすべきと考えております。
 最近の日本人はとっぷり豊かさ浸り、先を読み戦略を考える事を悪い事のように思われる方も居るようですが、Hbarさんの紹介される西郷従道,山本権兵衛のような方が、今の時代にこそ必要と思います。

Hbar 8/28
私は、憲法も教育基本法も非改定論者なのですが、「NETの野草」さんに真意を解ってもらって力づけられます。
物事の本質を掴み、柔軟な現実への対応の出来る人を造る為にこそ「何を教えるか」の眼目であり、教育の真の存在価値です。
今は、大学はでたけれど「何をして良いか分らない」青年が多く居る時代です。懸命に現場で努力している先生には申し訳ないが、教育そのものがその存在価値を放棄しているとしか言いようがない。
人の考えている事は分らなくって当然です。人は、夫々歩いてきた道が違うのですから。経験した事は自分だけのものです。
僕は、未来に対して明るい希望を持っています。希望を持つ為にこそ人造りに僅かとは思いますが、何らかの足跡が残せたらとも思っています。
科学の進歩は目覚しいものがあります。バイオ・ナノ・オプトテクノロジーを駆使して、日々エネルギーや食料に大きな希望が生まれています。
この時代に生きるものとして何か残したいものです。

六十路独り言 8/28
昨日か一昨日かの新聞に麻生さんの言葉として「憲法を守って国が滅びては何にもならん」とありました。一瞬プッと吹き出しましたが、まじめに考えれば、正論なんですね。 憲法改正というとすぐに、戦争、軍備と結びつけ、反対というのは短絡的思考です。いわば人様から押しつけられた掟を、61年たった今、自分たちの目で現状に照らして読み直し、見直してみる態度はそろそろあってもいいことでしょう。 戦争も軍備も見直しの中の一点です。そこだけに焦点を当てて、見直しも反対というのは度量が狭い考え方ですね

Hbar 8/28
改定は、反対だが運用が大切だと言う事です。憲法も、教育基本法もです。おババさんは、文部省が運用を疎かにして、生徒を押付けられてご苦労されているからお分かりと思います。
僕は、反対と言っても、字面だけ言うだけの社民党や共産党にはもっと反対です。折角の平和憲法ですので、巧く運用して欲しいものです。自衛隊もあるんですから。違憲であれば、解散しなければならない訳ですから。
幾ら、戦争放棄といっても麻生さんじゃないけど自衛も駄目とは最高裁も判決しないでしょうから。
殺されて、抵抗しないのは人間ではありません。日本は世界第二位の経済大国ですから、分相応の自衛力は必要でしょう。無駄な行政職員に仕事はして貰わないと駄目なんですが。仕事して貰えれば、借金は直に無くなるはずです。
先生だって教える事をきちんと躾けられずに、教壇に立っているのですから。偉そうな事言って、御免なさい。
全公務員が為すべき事を為せば、凄いと思いますよ。

Hbar 8/28
「何を教えるか」は三〜四十回の間で校了する予定です。ですから、八回目というのはまだまだ序章の段階です。仕事の合間を縫って、書いていますから中々筆が進まないのはお許し下さい。
何を書くかと言う大筋を踏まえて書いていますが、一回千二百字弱というのはぶっつけ本番です。お分かりのように、「人とは何だ三」と「人とは何だ四」の間に『小説「坂の上の雲」の教えるもの一』が入ったのはどまぐれている証拠です。
畠山静香を出したのは、『三毒』に塗れているという人間の典型として出しました。宮沢賢治の思想の源泉は法華経である事は良く知られています。その法華経の主題である久遠仏が人間の本質と疑わないのですが、日常生活を送っていくのに、狡さ・怠惰・強欲な隣人を良く見かけるのは私一人ではないでしょう。
そこで、五十七歳になった私が感じた事は久遠仏に非常に着心地の良い三毒と言う着物を着ていると思えば解決がつくという事です。その着物を着た人は狡く、怠惰で強欲な態度をとってしまうのです。それを何重にも着てしまうと母性本能まで消し飛んだのが畠山静香です。
『三毒』というのは国語辞典にものっていて、少し読書家なら凡その見当はつくと思うのですが、それでも仏教用語です。「人とは何だ五」を書かないといけないかなあと心が揺れています。
三十五回位続いて、本当に全体像が見えてくるのかもしれません。実は、ブログに書くという事で完璧な構成を考えて描いているわけではりません。それ程、頭も良くないです。それに、きちんと構成されていれば読物として完成されたものを書いていたかもしれません。
仕事の合間に少しずつ書き溜めていこうというのが真意です。気長に楽しんで下さい。
何でも質問があれば気軽に仰って下さい。折角集まった仲間なのですから。手の内をお見せしますよ。

NETの野草 8/29
松下電器の創業者松下幸之助さん,本田技研の本田宗一郎さんなど、真ともな学校教育を受けることなく、世界に誇れる経済人となり、6,3,3,4の計16年の教育を受けた学生が少なからず、「独り立ちした社会人になりきれずにいる」一体この違いはどこから来るのか、少しでも見えてきたらこの中に「教育とは何か、何を教えればよいか」が潜んでいるように思われます。

六十路独り言 9/1
台風一過。激しい台風でしたね。お互いに、ご自分の経験、好み、知識を風にして繰り出す。台風の目があっちに飛んだり、こっちに飛んだり、風はゆっくり聞いて、考えて吹くのではなく、早く返さなくちゃ負けちゃうみたいに間なしに吹く。近所の者は傘差して出ようにもでる間がない。時には、ご自分の品性をおとしめるような風が混じったりして、こんな風は教育にふさわしくないと思ったら、「勝手にしいやーーー」と雨戸締めて様子をうかがったのでした。  やはり、いくつかテーマと言うかキーワードというか、中心になるものを定めて、それごとに意見を出すのがいいと思いますよ。ちゃんこ鍋や闇鍋みたいに混沌としていると嫌になってしまう。世代が違う人の集まりだから、みんなが気楽に食べ物探せるお鍋にしましょうよ。そのためにはテーマを一つずつに絞り、期間を決めるというのは好ましくない。テーマを並立させてそれぞれのトピックを作り、好きなところへ好きなときに参加するようにしたらいかがでしょうか?台風の風の間から拾ったキーワードがいくつかあります。書きたいのですが、お腹をすかして睨んでいる殿様がいます。続きは昼食が終わってからのお楽しみにしてください。
今日の我が家の昼食はドラゴン風キノコスパゲティです。昼食は大体麺類です。ここのところ冷たい麺に凝っていましたが、今日はちょっと涼しいので暖かいものにたのです。 と言うところで、キーワードの最初は今はやりの「食育」以下好奇心、学習欲、慈愛、ユーモア、感性、情緒、命、善悪、叱る、しつけ、経験、聴き方、対話、自己鍛錬、教師のあり方お薦めの本とその教えーーー 皆さんも思いついたり、取りあげたいキーワードをお上げください。そこから適当なのを3〜5個Hbar さんに選んで掲示してもらう。好きな所に意見を言う。1月ぐらいしたら、新しいキーワードに差し替えてもらう。こんな方法いかがでしょうか?

Hbar 9/1
台風とは、伊達にドラゴンおババさんではないですね。
57歳と63歳のバトルも済んでみれば台風一過ですね。でもTHさんのお陰で、このサークルも習慣盛り上がり度13位になっていました。主催者としては、こそばゆい想いもあります。
今日、光プレミアムが午後から工事完了しまして、設定やら野暮用等で掲示板を覗くのが今の時間になってしまいました。
主催者としては、おババさんのご意見大賛成です。早速、一斉同報で皆さんの意見を募らせて頂きます。ご意見有難う御座いました。

Hbar 9/26
首藤さんのコメントにお答えします。
戦前の国家神道は論外です。
維新前、心学が成熟していたのはご存知ですか。それを一切無視した文部行政が現状社会を造ったのは否めません。
折角、成熟した心学を思想・信教の自由を既成宗教団体及び思想結社によって肯定しづらいのが戦後日本社会の実情です。
もう一つ、ワーキングプア層の増大についてですが、バブル崩壊後価値創造の変革が起きています。それに対して、行政は規制緩和しかしていません。労動者の再教育及び学習指導要領の変革に沿う改変をしておりません。行政官の怠慢で変革の意識すら持っていないのが現状です。
これからが「何を教えるか」の正念場です。頑張ります。

Hbar 9/27
中々に鋭い突っ込みで、へたへたとなりそうです。これも大言壮語して論じているのですから致し方ないのかもしれません。
でも、大なり小なりコメントがあるというのは有難く感謝、感謝。
ご指摘の通、私の持っている平成元年発売の「広辞林」にも平成八年発売の「コンサイスカタカナ語辞典」にもDNAでは、仰るとおりの説明しかありませんでした。ミームという言葉は記載すらありませんでした。
インターネットで検索しますと、1976年に英国で作られた言葉で、仰る使い方も出来そうです。しかし、日本ではその道の専門家でなければ知らない言葉であろうと推察されます。
そこでDNA改め、気質(かたぎ)と改定する事にしました。
それで、ご容赦の程、宜しくお願い致します。
又、これに懲りずに、色々とご助言賜ればと思います。謝、謝。
六十路独り言 9/27
早速に、お改めいただいて、皆さん理解しやすくなったことと思います。そこでもう1度おたずねしますが、日本には発酵食品が多く、日本人はこれを食べ続けています。発酵食品を食べると言うことは、日本人のどのような気質に影響を果たしているとお考えでしょうか??

Hbar 9/28
説明すれば、良かったのかもしれませんが、きちんと説明をすると約一回分を費やす事になると思います。こういう時の対応という事で、「一問一答」を造った次第です。ご利用頂ければ幸です。
例えば、味噌で言えば、米を蒸し、そこへ麹菌を入れる訳です。
これが米麹です。そして、それに蒸し大豆と塩を加えます。
そこで、麹菌が活躍して大豆蛋白を分解して、ペプチドとかアミノ酸が個体として登場する訳です。
麹醗酵の終わり段階で酵母醗酵が始まります。
そして、数多くの芳香カルボニル基が算出されます。
日本人気質の成立も、二千年前は、日本人もポリネシア人も変らなかっただろうと推測されます。
それが、機縁に応じて麹や酵母のような働きがあって色々なものが混ざり合って気質というものができたんだろうと考えています。
これから先の展開で、納得頂けると思い、発酵食品を例示させて頂いたのです。
読んでいると、これからの展開に限らず、色々理解に苦しむ事多々あると存じます。遠慮なさらず質問して頂けたらと願います。

六十路独り言 9/28
「日本人の気質は、長い間かかっていろいろなものが影響を与え、作用することでできあがってきた。たとえば発酵食品のみそやしょうゆが作られるときの酵母や麹菌のはたらきのようにーー」とすらりと書いていただければ簡単に理解できますのに、これまでの説明では、発酵過程の分解で生成されるアミノ酸などが気質そのものに影響を与えると受け取られても仕方がありません。そこでおたずねしますが、あなたの言っている日本人気質とは。貴女が好ましいと思っている気質でしょうか?それは何時の時代の日本人のどんな気質を指しているのでしょうか?まずそれを明らかにした上で、論を進めていただくと分かりやすいと思います。そしてその気質と現在の気質との比較を行い、現在の気質の短所をあぶり出し、それをあらためるためには、何が必要か、つまり、何を教えるべきかを結論づける。私なら、このような進め方をしますね。
もう1点、おたずねします。46,首藤さんのコメントに答えて似、「戦前の国家神道は論外です」と有りますが、何処が論外なのか具体的に説明していただけますか?それと、心学とは何をどのように教える学問でしょうか?

Hbar 9/29
国家神道というのは、明治政府が天皇神格化のみの目的で作られたものと理解しております。
無論、幕末に様々な国学者の研究は為されておりますが、他の思想からみると哲学的訴求の歴史が浅く比較のしようがないというのが個人的見解です。
神道を信仰されておられたら、頭に来るでしょうけれどもお許し下さい。
心学はこれから大分経ってから詳述する予定ですのでお待ち頂ければ幸いです。
気質についてもご猶予を頂きたく思います。
この稿は、全く下書なしで、その時に感じた事を含めて書いております。おババさんの仰る書き方であれば、結論だけ書いて、注釈まで至らないと思います。それがブログの長所でも短所でもあるんですが。
私のような書き方もお許し願いたい。

六十路独り言 9/29
私について言えば、「苦しいときの神頼み」とか、初詣、七五三のお参りなど、生活習慣のようなつき合いしかしない悪い嫁なのですが、主人の実家は富山県の立山雄山神社の神官を代々勤め、又、村々に氏子のいる小神社をいくつか持つ古くから(現在四六代)の神官の家です。結婚した当時は、「日本の神統には、仏教やキリスト教のような哲学的教理が無い」などと舅に楯ついたりもしました。 しかし、時おり接しているうちに、神社はそこに住む人たちの文化の中心であり、人生の節目に関わりを持ち、生活のよりどころともなってきたことが分かってきました。 国家の政治のために祭り上げられ、国家の威信の象徴にされた神道の他に純朴な神道もあることをお忘れなくーー  理論の進め方には色々あってしかるべきです。ただ、自分の覚え書きでない以上、読む人にわかりやすい筋道を付けることが大切だろうと思います。

Hbar 9/29
日本の神道自体、大和朝廷の成立と同時に始まったと認識しております。しかし、その成立して間もない頃には国家としての体を為すのに仏教・儒教の力を借りてでないと治まらなかったのが神道の実態です。
儒教が五山文化に対抗すべく、朱熹によって四書五経を配した如く、神道も仏教・儒教に遅れながらも室町に始まり、幕末には朱子学者であった山崎闇斎によって垂加神道迄高められたのは存じております。
仏教・儒教は聖徳太子以前に千年以上の思索の歴史を持ち、中央アジア・中国での研鑽が哲学的熟成に寄与し、神道は皇室の宗教ですから哲学的に論争出来なかったのが大きいと考えます。

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