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<<   作成日時 : 2007/01/24 20:06   >>

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Hbar 10/15
首藤さんの短歌随想(アカマンマの道)は、我々の棲んでいる悠々たる天地を思わせてくれます。
こんなちっぽけな己を感じる時でもあり、仏のはからいとでも言いますか、間違い無くこの天地とご縁を持っているという己がいます。
その中には、サークルを作り、夫々が全く異なる人生航路を歩んだ者がここに集っているという事実を重く受止めます。

Hbar 10/17
首藤さんの 短歌随想(生徒の看護)から本当に微笑ましい情景が目に浮かびます。本当に贅沢な一生を過ごされたんだなと羨ましくもあります。しかし、その人生は首藤さん自身が築かれたもので、他の誰から与えられたものでもありません。
我々も、これからの人生を選択する分岐点に立った時、首藤さんの選択の仕方を他山の石として参考に致したく思います。

Hbar 10/21
首藤さんの短歌随想(勉強の楽しさ)で感じる事は、この六十を前にする勉強は楽しいという事です。
ブログ書いたのを切欠にインターネットの勉強にどんどん邁進しています。次から次へ色々なものが出てくるのはワクワクします。経過はお知らせで少しずつ足取りを書いて行きますのでご覧になって下されば幸です。尚、もう少しするとメールマガジンも発行しようと思っています。
前にも書きましたが、小学校一年の子供に「勉強好きか」という質問を投げかけると、異口同音に「好き」と答が返ってきます。人間は本来知識欲が旺盛で、学び好きが本姓です。それを歪めているのが文部科学省の官僚である事は明白です。
先生は、報酬を貰って指導要領に沿って忠実にやっているだけでしょう。

Hbar 10/21
飯大蔵さんの年金見込み額 毎年、全員に通知する必要があるのかという問い掛けには、必要と答えたい。
矢張り、多くの人が年金について真剣に考えるにはそれなりのメッセージが無いと、日常の忙しさにかまけた平和ボケした国民は考えないでしょう。矢張り、切欠を与えるのも重要な政府の役割でしょう。
選挙についても、常にメッセージを送り続けたら投票率も上がるかもしれません。選挙制度を変える方が先なんですけど。

Hbar 10/25
首藤さんの仰る短歌随想(教え子、教え孫)は雅に教師冥利なんでしょうね。とても羨ましく思えます。そしてそれは御自身の信念に基いた結果得られたものだけに一入の感慨を持たれる事でしょう。
私も西日本を股にかけ流通業をしておりましたけれども、当時の仕入先・顧客とお会いする機会は希にもありません。
持つべきご縁、それは足を地に着けたものであるべきだなあと今更想いを深くします。

八王寺だより 10/25
富山県立高岡南高校の、3年生全員卒業が危ないという話、ついに高校の教育がここまで来たかという象徴的事件です。生徒たちが、受験に関係のない強化は勉強したくないという声を取り上げてカリキュラムを組んだら、必修教科が抜け落ちていたという。高校の勉強は、何のためか。主権者たる国民にふさわしい教養を身につけるためのものではなかったのか。大学受験のためだけに勉強する。これでは、偏った人間しか育たない。マスコミも、学校のうかつさを批判する報道をするだけで、受験に毒されている教育を追求する論点がない。

Hbar 10/25
学校の管理職が官僚的発想による貧困としか言いようがありません。
自身の成績を上げる為に、遂にここ迄来たかという感慨を深くします。ついこないだも、社会保険庁が成績を上げる為に何かしてましたよね。ここから先は、「何を教えるか」で書きます。

Hbar 10/29
教師としての至福を語った首藤さんの短歌随想(教え子の結婚式)でした。
反抗して、それを支えてくれる大人が居て真の自我ができあがるのでしょう。今日日は、幼い時は躾と称して虐め、体の大きくなった時は、放任と言う幼い親が多い今日この頃です。
首藤さんは先生として確り受止めて貰ったと感じたから招待されたのでしょう。

Hbar 10/29
老いを語るには早すぎる首藤さんの短歌随想(老いの徴候)には色々と考えさせられます。
本に対する執着心には同じ想いを持つ者です。それも、三十年前に読んだ本を読み返すと、又感慨深いものがあります。読書と言うのは、他人の考えを一方的に数時間に時間を奪われる事ですからやはり何度も読み返して、その心を掴みたいものです。それもインターバルがあるのが良いようです。
目の疲れには、掲示板の「人生」「食育」をお読み下さい。

八王寺だより 10/29
教師の仕事は、職業として考えた場合は、あまり恵まれた職業とは言えませんが、生徒との人間関係、父母との交流などを考えると、幸福感を味わえる職業なのかも知れません。
 サークルの中では、70歳の私が最年長なのでしょうか。すべての人間が老いの坂を登っていきます。65歳あたりから、次々と老いの徴候がやって来ます。はじめは抵抗しても、そのうち受け入れざるを得なくなります。その年齢にふさわしく生きることだと悟りました。

Hbar 10/29
多くの人と心が触れ合うほど幸せはありません。他の職業だと、所詮は金儲けですから儲けさせて頂く人に好かれる訳です。奉仕は多いのでしょうが、それが徳というものです。お釈迦様も金剛般若経で菩薩に布施をしなさいと説かれています。それが職業柄できるというのは真に幸せな事です。
二十日の首藤さんのブログの書込み以来、「六十路独り言」さんがご自身の主催するサークルからもプッツリ音信がありません。どうされたのか、心配です。

Hbar 10/30
長かったおババさんのブランクを心配していたのですが、秋の旅一児島、倉敷を見せて頂いて危惧かと一安心しました。楽しそうな旅で宜しゅう御座いました。
私は、四歳の時、昭和28年でしょうか、倉敷に一年祖父の家に預けられた事があるんです。
丁度、倉敷駅の真裏に倉レの社宅がありまして大変懐かしい所の一つです。親が帰った後、商店街でワンワン泣いた覚えがあります。
兎に角、お帰りなさい。又、辛口で宜しくお願い致します。

Hbar 10/30
おババさんの秋の旅二 瀬戸大橋、山家の夫婦を見せて頂くと良い旅だったんですね。
目に浮かぶようです。そこ迄おいでたんなら、道後温泉にでもお出でになれば良かったと思います。良いお湯ですよ。お目にも掛りたかった思いで残念です。又、機会があればお出でて下さい。

Hbar 10/30
飯大蔵さんの東京大空襲の被害者の遺族 集団訴訟を見て、日本は金持ちなんだなあと思います。これがイラクであれば、もし政府の責任とは云え誰が費用負担してまで訴訟を起そうかと思います。
要するに、日本人は人が良いのだろう。又、歴史的にも他の地域で住んだ経験が無い為に、永住しなかったのでしょう。
日本は恵まれすぎています。

Hbar 11/4
飯大蔵さんの国家論については力作です。
私は、国家とは防衛力を持ち独立を勝ち得ている利益共同体の一つの形だと考えています。
最初は土器とか倉の発明により、能力のあるものに富の集積が起こり、その富の集積が権力となって、王の誕生となり国家となったのでしょう。
日本の場合は、米軍が占領しているのだから国とは言えません。

Hbar 11/10
チャーリーさんの別れには切ないものがあります。
私も八年前に、二十年やった会社を畳んだ経験があります。人生七転び八起です。尤も相手は己自身ですが。

Hbar 12/6
戦後60年以上経った今、戦艦大和・生還者たちの平和希求は切実なものだろう。使命を強く持った想いと共に多くの亡くなった戦友の遺志を抱えた侭過した月日は重いものがあるんでしょう。

Hbar 12/14
古い日記を見なおすと「人買と退職の日と前夜」のような感性持ってた時期がありました。
そういう時代にもっと勉強してれば良かったんでしょうけれどもなかなか思うようにはいかない。今からが人生と言う事で気張りましょう。

Hbar 12/26
頑張っている人には努力いつかはと思いたいものです。しかし、その想いは空振りも多いようです。これが格差社会を造っているのでしょう。努力する為の礎を作るのが教育の仕事でしょう。

八王寺だより 12/26
孔子の説いた君子の政治は、理想でしかないのでしょうか。何千年経っても、まだ政治は乱れたままです。正直者が馬鹿を見る世の中はいつまで続くのでしょうか。

Hbar 12/26
孔子の説いた帝王学はあくまで理想論でした。その証拠に彼は何処にも受入れられず、真に国政に生かした国は無く、世を捨て教育者として弟子が多く残りました。それが現在の論語として残っています。正直者というより、鎌倉時代くらいまでは人は飢え、疫病に掛りそこらじゅうに屍骸だらけの世の中だったようです。事実、時代は良くなりました。こうやって教育論ができるのも良い時代だからです。

Hbar 12/28
今年を振返って悔いなし?と自分に問い掛ける今日この頃です。その日を精一杯生きてきたはずなのに、思った方向には進んでいません。このサークルにしても主催者が書きたい事書いているのみで会員さんからの投稿が限られているという現状があります。主催者の徳のなさが原因なのでしょうが反省しきりです。来年は徳を磨く一年にしなければと考えます。

Hbar 12/28
本当に残り少しだなあという感慨を深くします。吾ことにおいて後悔せずで生きているつもりですが、反省点は多い。後二年一寸で還暦。良い生まれ変わりをしなければと思う今日この頃です。

八王寺だより 12/28
今年の私の2大ニュースは、前立腺切除手術と、ブログ開始です。ブログは、自分一人で、書きたいことを書くだけだと思っていたら、コメントのやりとり、メッセージの交換、サークルでの議論もできる、写真、動画、音声もできるたいへんな世界だと知りました。Hbarさんのおかげで、たくさんの仲間ができました。これはHbarさんの大きな徳のお陰です。私たちがもっと協力すべきだったと反省しています。来年もよろしくお願いします。

Hbar 2007/1/9
ここ松山では峻険な四国山地と瀬戸内海に挟まれ、さしもの爆弾低気圧も力を殺ぎ落とされているせいか穏やかな日常です。雪が多く降り、厳しい越冬地には美味しいものが一杯という特典があるのですからもう一辛抱です。

八王寺だより 1/9
穏やかな瀬戸内の冬を思い出します。自分で選んで住んでいる場所だから、文句は言えないのですが、つい愚痴がでます。昨日の風で、40年前、定時制の教え子たちが校庭に植えた卒業記念のヒマラヤスギの大木が倒れてしまいました。

Hbar 1/10
風雨を乗り越えた強さが北国の人のつよさなんでしょうね。

Hbar 1/13
我々からみると無茶苦茶若いキムタクが筑紫哲也さんと対談したようです。若くっても頑張っている人は我々と同様に感じているんですね。

Hbar 1/22
首藤さんの父を偲んでという報をお聞きして、心からお悔やみ申上げます。それにしても98歳のご長寿とはおめでとう御座いますと言った方が宜しいんでしょうか。それにしても怖いお父様というのは幸せな事でしたね。今の子供は友達のような親父で、お手本にしようが有りません。矢張り親は怖い方が子供は緊張して良い子に育つように思います。皆さん勘違いして、世の中がこういう風になってしまっております。その点首藤さんは幸せを噛締める事が御供養になろうかと思います。

八王寺だより 1/22
ありがとうございます。98歳で、眠ったまま逝きました。めでた仏です。ワンマンな父でした。母が可哀想でした。

Hbar 1/22
可哀想ではないと思いますよ。ワンマンというのはそれなりの付合い方があるもので迷いの少ない良い人生と思いますよ。それだからワンマンも通せたんじゃないでしょうか。

八王寺だより 1/23
父は、典型的な明治生まれの日本人でしたが、母は、昔気質の女性ではありませんでした。だから、激しい夫婦げんかが絶えず、我々子どもは、いやな思いをしたものでした。

Hbar 1/23
夫婦喧嘩は犬も食わぬと言います。
諦めずぶつかっている内は仲が良い証拠ではないのかなあ。
お父さんがおとなしくなった途端にがっかりしたのはお母さんではなかったでしょうか。

八王子だより /23
おふくろは7年前に90歳で亡くなりました。今頃、あの世で再会し、今度は仲良くしてくれればと思います。

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