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<<   作成日時 : 2007/01/24 20:33   >>

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我が日本文化
2006/10/10〜2007/1/12
Hbar 10/10
首藤さんの短歌随想(漢字の功罪)に漢字の功罪及び教育実体験が書かれています。
私は、漢字文化というのは世界に誇れる文化であると考えております。漢字と言うのは覚え難い半面、覚えてしまうと様々な形成された熟語を目にし、その漢字同士のリレーションシップ(関係と言えば良いのですが片仮名の方が分りよいと思った)を理解します。それは、全ての物事の関係を想像するのに役立って、真似が上手と自身の事を自虐的に言っています。
応用するというのは、漢字学習で培われた能力なのです。
そこの所を好く頭において、議論しなければ何にもなりません。ご意見、漢字に限らずお待ちします。

Hbar 10/15
飯大蔵さんは右向け左は勇気の要ることだ において日本文化のうちとそとの問題に言及しています。
基本的人権を標榜する憲法を持つ村社会の日本という事でしょうか。
その村社会が崩れつつある日本において教育改革が最重要課題です。
昔は、村社会において村の中の子供はその地域の大人が全員で背中を見せていました。それは、稲作において共同作業が必然であった文化によって築き上げられたものでした。「3ちゃん農業」と言われて数十年が経ちます。一人所か、女・子供・年寄りでもできるようになった農業。機械化が進み計器版を見るだけになった工場労働者。
これから日本はどこへ行くのでしょう。
確りと議論をしなければならないが、全く議論が上滑りなのが現状です。

Hbar 10/16
飯大蔵さんのいわゆる「地方」についてといわゆる「地方」について(その2)は少し極論だと思います。
多分、農業の多くは工業化するでしょう。殆ど人の居ない工場で様々な作物が栽培されるようになるでしょう。人間の仕事は、自然や社会との共存に必要な様々な分野で働く事になるでしょう。
全ての人達の働き方が変わるだろうと考えます。
ですから、工場生産された食料を食べるだろうし、自然を守るという事が仕事になるでしょう。二十世紀までの働き方では、職場すらなくなってしまいます。我々はその時代をどう創っていくかが大命題なのです。
その内、中国も汚職のしようもなくなるでしょう。

Hbar 10/17
飯大蔵さんの「きらり」の時代を生きた人達の生涯があって、現代の人達の生活がある。は、戦争犠牲者だけをと言っておられますが、二千年近い歴史を持つ我国において、名も無い全ての人達があって、今の繁栄があるという事を自覚したく思います。
戦争犠牲者の場合は、死んだ数が多く、未だそのご家族が多く生きている現在の状況では、その御霊に手を合わせるのが政治家だと思います。
茶の湯を現在の形に仕上た千利休だって信念を曲げなかった為に秀吉に殺されました。信念を曲げなかったから今の日本文化があると言っても過言ではありません。
我々は多くの屍の上に今の繁栄を享受している事を忘れず、後の世代に伝えていかねばなりません。

Hbar 10/18
首藤さんの疑念短歌随想(国語とは) の答は簡単明瞭です。
それは、学校を卒業してからも学びつづける存在が人間だからです。それも、子供の時から馴れ親しんだ母国語を体系化して、卒業後の学び及び表現力を身に付けさせ、生徒の未来を明るくする為の科目と受止めています。
ですから、「何を教えるか」の基礎になるのは国語力です。これなくして何を教えても頭脳の意識に入っていきません。感覚は、入るのですが、仕事に必要な様々なツールを身に付け得ません。数学も大切です。物事を論理的に考え、抽象化してそれらを組立てなおすのに必要です。
組立てたものを表現するのは国語によって表現するのです。英語で書くのはその延長線上と思うべきでしょう。
それと、国語の最大の使命は、教えた人の人格を創り、人生を彩ります。
首藤さんは一番大切な科目を生徒から「分りやすい」「楽しい」と評価されたのですから胸を張られたら良いんじゃなかろうかと思います。

Hbar 10/21
飯大蔵さんの「美しい国」日本文化は世界を駆け巡っている。では我が日本文化面目躍如たるものがあります。
「美しい国」と安倍総理が仰るなら、上滑りでない議論を展開して国民の合意に基く政策展開をやって欲しいものです。

Hbar 10/22
飯大蔵さんは戦前の歴史解釈の一つの仮説で持論を展開しています。
私の考えでは、日本人の根底は世界一の自由人だと言う事です。それは、現実を寛容的に受入れるという事にも通じます。
又、人の不幸を我が不幸のように感じる事でもあるどしょう。
ここらを踏まえないと、真の歴史は語れないと考えます。
制度やイベントだけ見ていては本質を見失います。
「何を教えるか」の本論で次に書くのは歴史認識です。お楽しみ下さい。

Hbar 10/22
飯大蔵さんの蟻の兵隊に関しても今の日本のありように関った極最近の歴史として大切な事と受止めます。昔の事は分らないけれども生存者の居る歴史は検証可能なのでしょう。
私はこの問題に対して、全く知識が無いので只受止めるのみです。

Hbar 10/26
飯大蔵さんに報道の自由度ランキングを教えて貰った。
僕らの視点では捉えられない視点だ。
国家のナショナリズムは悪いが、民衆のナショナリズムは歓迎すべきと考えるが如何。自由も良いが、自身の実存を知らずして何の自由かと言いたい。今日の首藤さんのブログにもありましたが、万引きというのは間違った自由の解釈によるものと考えます。
報道は、自国民の主体性に1番の重きを置いて報道すべきと思います。

Hbar 10/28
首藤さんの 短歌随想(生徒・父母・地域)で仰っている通、明治は過ちを犯しました。
それ迄の沢山あった教育機関の代表は寺子屋です。全国で四万件もあり、人口は三分の一強しかないのに現在の小中学校の数よりも多かったのです。その名の通、主にお寺で教えていたから、教師は当然僧侶が多くなります。ですから、必然的に仏教の基本的思想が倫理観として日本人に広く行き渡っていました。
そこを明治政府は棄却し、制度面で成上がり官僚が朱子学のお上思想を残した結果が敗戦へと繋がったのです。
現在教育行政の抱える最大ネックはここにあります。
一人ひとりの先生方は良い人なのですが。

Hbar 10/28
飯大蔵さんの都合の良い病気もあったもんだで問題にしている部落解放運動は現代社会に深く陰を落としています。
これこそ、教育の本質論でしょう。差別をしない人間関係を築くのは哲学教育しかありません。自信を知り、自身以外の何者も自身を通じてしか入ってこない事が分れば差別そのものも幻影と気付くはずです。

Hbar 10/28
飯大蔵さんの官邸連絡室は現場よりしっかりしているか(尖閣抗議船)では再認識される。
国境紛争を経験していないのは日本位のものです。他国は多かれ少なかれ、植民地になったり侵略したりを数十度と繰返しているのが通常の国家という事を再認識しましょう。
その上に花開いたのが日本の文化というものなのです。

Hbar 10/31
短歌随想(読書週間始まる)は懐かしい言葉ですね。
私も、幼い頃、親に始まり近所のおいさんや七つ離れの叔父と、多くの人々から読み聞かせて頂いたり、買い与えて頂いたお陰で読書好きになりました。
この年になっても、人生色々広げていけるのも読書のお陰と感謝しております。

八王寺だより 10/31
本の世界を知っているのと知らないのとでは、人生の幅と深みが違います。子どもたちに読書の楽しみを知らせたいですね。読書好きに育てるには、幼少時の環境が大切です。若いお父さん、お母さんに、そのことを知ってほしいです。

Hbar 10/31
もし、お暇があればNPOでも主催されて、新潟でおやりになりませんか。お手伝い出来る事は致しますよ。

Hbar 10/31
飯大蔵さんの日中戦争は日本史か世界史か中国史かには考えさせられます。
私は日本人であるから日本史として見たいのだが、国民党の筋書も分ります。
まだまだ生臭くって、歴史になってないのかも知れません。

Hbar 11/26
多感な中二で三島由紀夫、自決というニュースを迎えたのは随分衝撃でしたでしょうね。折角の才能が勿体無いですね。存命していれば色々残せたんじゃないでしょうか。でも、自決程強いメッセージは無いかもしれませんね。

Hbar 12/8
経験者には辛い思い出なんでしょうけど戦争と飢餓は経験していない者にとってみれば他人事です。それを教え押付けるものだから頭脳が拒否反応を起してしまうという悪循環をしらねばなりません。教えるなら理解できるように教えないと何にもならないんです。

Hbar 12/9
開戦翌日に放送されだしたという童謡「たき火」には特別な想いがあるんでしょうね。その想いはその人生の歩みと共にあるのでしょう。人夫々その人なりに痛みを感じて生きています。今の子供達の痛みは親の押付けに他なりません。

八王寺だより 12/9
言論統制のひどい時代でした。何か言えば「非国民」と言われるのではないかと、びくびくしていました。今のいじめと同じ精神状況だったと思います。

Hbar 12/9
社会全体なんですから虐めとは違うと思います。もし、虐めとしたら現在の受験戦争も虐めになるんでしょうか。今の虐めで最大のものは親の過保護でしょうね。結果的に親殺しが今年は横行しています。

Hbar 12/10
年の瀬ですね。年賀状を書く季節になってしまいました。明るい話題を探そうと思えば、何でも(自身の事が良いでしょう)とことん突詰める事です。暗い事しか出てこないのは突詰め様が足らないという事です。ギリシャ神話のパンドラの箱じゃないですけど最後には、人間は希望に結び付て結論を引出すように出来ているのです。この話題でディスカッションしたいですね。

八王寺だより 12/10
今年一番のうれしいことと言えば、なんと言ってもブログを始めて、みなさんと知り合えたことでしょう。

Hbar 12/10
このサークルメンバーも総勢十七人になりました。首藤さんは三人目のメンバーですね。八月半ばからみれば夢のようです。

八王寺だより 12/11
Hbarさんのご努力に敬意と感謝を送ります。ブログを始めたばかりで、右も左も分からないことばかりの時に声を掛けていただき、皆さんの励ましの中でここまでやって来ました。これからもよろしくお願いします。

Hbar 12/11
この難い議論のサークルに十六人も集まって下さったのは大変感謝すべき事です。取敢えず、私の考えに多少なりとも興味を持たれた方々に集まって頂いている訳ですので言う事はありません。しかし、肝心のブログの進行が止っているんですね。限られた時間で何を選択するかという事ですが、願いは私が書かなくても夫々の方々がお持ちのご意見をどんどん書いて下さる事なんですが欲張りでしょうか。本当の望みは皆さんの意見が出揃った所で最後に取り纏めを投稿したいんですがね。
こういう風に一つの事象を捉えても良いことばかりはありません。どんなに悪く見える事でも反面は必ず含んでいるものです。良いものだけ見るようにすれば、良い事だらけだと思いますよ。

八王寺だより 12/11
おっしゃるとおりで、もっと協力しなければと思いながら、ついつい甘えて、読むだけになってしまいます。努力します。

Hbar 12/15
良い旅しましたね。師走の京都の紅葉がきれいですね。全部が文化財の箱庭ですもんね。戊辰戦争は天下分け目にならなくて良かったですよ。応仁の乱のようになると今の京都は陰も形もありませんから。

八王寺だより 12/15
京の旅とはうらやましい。地球温暖化の影響でしょうか。冬の京都という感じがしませんね。秋の京都見物といっても通用しそうな風景ですね。

Hbar 12/20
白隠禅師は「思うが侭に 生きるぞ善し」と言っていますが遊びへたと言うのは汲めど尽きぬ想いなんでしょうね。私らから見れば首藤さんは遊び上手ですよ。だから人がよってくる。思うに欲張りが過ぎるんじゃないかなあ。こけは業と言うものですよ。世の中全員だから、解決し様と思えば座禅しかないかも。

Hbar 12/22
夫々の地域で大幅に風土と性格は異なります。我が松山は台風すら中々来ない恵まれた土地柄を持っています。もし来た所で松山に来た時は弱ってしまっています。ですから松山人は一般に根性無です。悪い事ばかりじゃないんですよ。あのどこにも居所を定めなかった種田山頭火が松山に一年半居ついて亡くなったのは松山の素晴らしさとして観光客にアピールしています。

八王寺だより 12/22
私の叔父が松山に住んでいたことがあり、私の息子が3年ほど松山に転勤していたこともあり、松山は何度か訪れています。子規も山頭火も好きな俳人で、子規堂、俳句博物館、愚陀佛庵、一草庵も見学しました。気候が穏やかなせいか、松山人はやさしく穏やかで、言葉も柔らかい印象を受けました。

Hbar 12/23
気が向いたら道後温泉にでもどうぞ。

八王寺だより 12/23
道後温泉では、注文するとお茶とお菓子が出るとは聞いていましたが、忘年会など、宴会もできるのですか。

Hbar 12/23
道後温泉本館ではできませんが、近くには宴会施設は数多くあります。ピンからキリまでですよ。

KAZUYA 12/23
初めまして。招待していただきありがとうございます。
私も似たようなサークルを主催しているのですが、教育にテーマを絞っているということなので、参加しようと思いました。よろしくお願いします。

Hbar 12/23
KAZUYAさんようこそ。色々思った事を書き込んで下されば幸いです。それを種として夫々仲間からの断面が見えたら良いなと思います。

Hbar 12/27
日本人にとってある意味であこがれを持って語られる金も地位も縁なき人生は、古きは万葉集の防人であり、吉田兼好・鴨長明や踊念仏の空也・一遍を思い浮かべます。ある程度の生活水準を守り、こういう生活が送れるのは今の日本が豊かな証拠です。大部分の人々はずるく、狡辛く生きてやっと何とか倒産せずに喘いでいるのも事実です。そして、巧くいったほんの一握りが儲けすぎているように批判されているのみです。

八王寺だより 12/27
まあ何とか食って行けているからこんなことを言っているので、食い詰めてくれば、きれい事を言っていられないのかも知れません。しかし、金も地位も求めないという立場にたつと、怖いものはありませんでした。

Hbar 12/27
いい時代だったと思いますよ。

Hbar 12/29
万葉集、新旧古今集等様々な遺歌集を見れば言葉遊びに堕落した歌を時代やその時の流行り言葉に応じて刷新運動がおきています。それは一人がしたのではないですから是非手掛けて下さい。

八王寺だより 12/29
「虎は死して皮を残し、人は死して言を残す」。作品を歌集に残すというのは、考えてみると大きなことですね。

Hbar 12/30
万葉集は今でも千数百年前の世界に誘ってくれます。

Hbar 12/30
日本文化になってしまった感のある「第9」演奏会は力強い旋律と多数のコーラスの響きが楽しましてくれます。又、明日を生きていこうという気持にさせてくれる。

八王寺だより 12/30
聴くたびに、歌うたびにベートーヴェンはすごい人だと思います。「苦悩を通じて歓喜に至れ」。めげていても勇気が湧いてきます。

Hbar 12/31
現代は恵まれすぎているのだと思います。食べる事が称されているから、真の苦悩に中々至りません。食えないから己を曲げて家族の為に膝を屈する訳で、心ならずという位苦しいものはありません。何時も妥協している人はやりばを何処かに求めています。それが虐待なのでしょう。

Hbar 12/31
あっと言う間に過ぎてしまった感があります。モーツアルト生誕250年の年よさようなら!なんですね。私も好きな音楽と言えばクラシック。クラシックでと言えばモーツアルトと答えるのですが、今年はモーツアルトは頭の隅に追いやられていました。まだまだこの状況は続きそうです。ゆっくり聞けるのは何時の日なんだろうと想いを明日に馳せる年の瀬です。

八王寺だより 12/31
まだ現役でお忙しいのにサークルの仕事で大活躍していただきました。ありがとうございました。来年も引き続きお世話になります。よろしくお願いします。

Hbar 12/31
会員さんも21名に増えました。途中で合わないと感じた方が2名おられて抜けましたが、固いサークルの割りによくメンバーのブログ読むだけで自身との違いを認識でき、自身の考える範囲が自ずと広がって来るのが財産なんでしょう。有難い事です。年末になって私を外して第一号会員の「おじさんの夢と希望」さんの書込みも久しぶりにあり、懐かしさに溢れました。又、仏教に詳しいお二人もメンバーに加わり、来年のサークル議論に弾みがつくのではと期待しております。

Hbar 2007/1/3
短歌や俳句が第二芸術と呼ばれているんですね。始めて知りました。
短歌や俳句にフランス文学言う所の近代精神を盛込ませるのは反対です。そもそも短歌や俳句は日本文化における「うた」表現の最高傑作と受止めています。「うた」というジャンルは感情を表現してこそであって、論理性を要しません。迸る感情を5乃至7文字に凝縮するのが短歌や俳句の本質です。最近はそこから食み出ているような気がしているのは私だけでしょうか。

八王寺だより 1/3
短歌・俳句を、花鳥諷詠の風流の世界に閉じこめておくか、近代文学として、人生、人間探求の芸術とするか、明治以後の日本文化の大きな課題です。正岡子規は、俳句・短歌を近代文学に革新しようと命を懸けた人です。

Hbar 1/4
正岡子規は感じたまま写実を重視しています。しかし、最近の短歌には写実を重視するのは良いんですが感性を無視して論理ばかり優先していると感じるのは僻目でしょうか。

八王寺だより 1/4
おっしゃるとおりです。コマーシャル社会の影響でしょうか。写実の本質を深める努力を投げ捨て、目立つこと、変わったことで注目を浴びようという、軽薄な歌が多くなり、マスコミもおもしろがってそういう歌を取り上げるので、短歌、俳句の新しい堕落が続いています。また短歌・俳句の革新をやらなければ、このまま広告のキャッチコピー文学になってしまうだろうと、私は嘆いています。

Hbar 1/5
子規の新鮮な情熱を蘇らせて頂きたいものです。

Hbar 1/10
吹きすさぶ吹雪の中を行軍する越後の上杉は強かった訳です。

八王寺だより 1/10
太平洋戦争でも、新発田連隊、高田連隊は我慢強いと、大陸戦線で重宝がられたようですよ。集団就職でも、新潟の子どもたちはがんばっているようです。

Hbar 1/12
かつても寒い国の方々が努力されてましたね。寒さというのは克己心を培うんでしょうか。その点愛媛は駄目ですね。

Hbar 1/12
正月に神や仏に供えた鏡餅を下ろし、雑煮や汁粉に入れて食べる鏡開きも済みました。時代が良くなり過ぎて、人間に辛抱がなくなったんでしょう。辛抱あってこその人格形成もなくなり、まだゆとりと上塗りをする馬鹿な大人が国を造る。

八王寺だより 1/12
人類は、常に理想的な世界を夢見て、社会を進歩させてきましたが、理想と思っていたことが実現してみると理想通りではないことに気づき、さらに先の世界を考える。そういうものかも知れません。

Hbar 1/12
大体、実行者の殆どは理想といっても本人なりであって、真の理想とは程遠いものです。理想を追求する人はその追及するだけでエネルギーを費やしてしまい、実行者とならないのが通常のようです。



仏教
2007/1/6〜1/16
Hbar 1/6
釈迦はバラモン教の戒律を破る事によって仏教を成立せしめたと考えます。釈迦の弟子群が教団の維持の為に仏教の為の戒律をバラモン教の戒律を下絵にして作ったものと考えます。

Hbar 1/6
仏教の成立過程を考えますと自力と他力という切口は重要でしょう。仏教は釈迦により個人救済の為に成立したと考えられます。それが自立大乗へと発展していくのは支配者層からの求めに応じたものでしょう。一方、他力大乗は被支配者層の経済的自立を背景に成立したものと考えます。

Hbar 1/6
親鸞上人が唱えた事を歴史で習って悪人正機説は日本人にとって親しみ深い言葉になっています。自身の罪を意識するのは、やはり自身の不幸が原因となっているのでしょう。その不幸から立ち直る為のメソッドとしての悪人正気説なんでしょう。

Hbar 1/8
私の理解では愛そのものが執着であって、執着なくして愛は成立しません。態々名前のないものにニックネームを付け、それに対する執着が愛なのでしょう。それが持て囃されている所に現代社会混迷の大きな原因を形成しているように思います。

Hbar 1/10
二千年近く経過しても中観という考え方は増々輝きを増しているように見えます。素粒子論や宇宙物理学の理論構成から「空」という概念は市民権を強くしています。

Hbar 1/12
私は法相宗の読経経典である『唯識三十頌』を読書百辺を実行しただけの浅学者ですが、唯識が我々人間の根本思考のバックボーンであろうと思っております。是非、色々と勉強させて頂きたいものです。

Hbar 1/13
我々の知っている唯識は空に至る方便な訳ですね。

Hbar 1/15
中観は金剛界、唯識は胎蔵界とは解り良いですね。中観と唯識と言われると一般の方はぞっとしますよ。でも日本で成立している大概の概念はここらが大本なんですが、これを説明しようというのも「何を教えるか」の目的なんですよ。

Hbar 1/16
人生は毎日毎日その生きているその瞬間毎に決断の連続です。そして決断とも一期一会なので、自身の下した決断はご縁の賜物と観じねばなりません。心を何も無い青空の如く澄渡らせれば布教は自ずから成っていると思います。頑張って下さい。

Hbar 1/16
西洋をコピーしようとする余り、生きるということ 否 生かさせていだたくということが真摯に考えられなくなっています。もっと大きな声を挙げて啓発すべき事柄でしょう。



現代の抱える悩み
2006/10/10〜2007/1/3
Hbar 10/10
首藤さんの短歌随想(学校は砂漠)では、教育現場の荒廃を食い止める為には大人が歪みに気付きそれを直さなければならないと書かれています。
私は、米国流のマネー哲学の氾濫が最大の犯人と思っておりますが、皆様は如何お考えでしょう。

Hbar 10/11
飯大蔵の言いたい事さんの訪中、訪韓、そして地下核実験は現代社会が抱える悩みの一つであります。
「八紘一宇」の理想から始まる大アジア構想の基幹を占めるであろう中韓問題。そして、緊急の問題となっている北朝鮮のならす者性であろう。これは、1990年代にめぐみさん報道があって、それを放置した当時以降の政権による負の遺産に相違ない。
小泉首相のように、直に対応していればここまでならず者がのさばる事は無かったのかも知れない。ここにも、日本の官僚の無能さが浮き彫りにされている。
これもテスト偏重の受験戦争を勝ち上がってきた勝者が官僚という事に視点をあてなければならない。

Hbar 10/12
首藤さんの短歌随想(就職試験)も深刻な問題です。
構造的な問題があります。
例えば、商業高校であれば簿記・算盤さえできていれば事務員は勤まりました。今、こうやって全国の皆さんと掲示板を通じて意見交換をしています。そういう時代にあって、事務員の仕事の大半は雑用という事になります。本来の事務は全て機械がやってしまいます。購買担当者及び営業マンが端末入力すれば、事務員は要りません。
ですから運用の上手な小器用な人が好まれます。例えば、木下籐吉郎のようなは大げさですか。
又、工業高校はもっと深刻です。
昔のように、倣った事で作業できる工場が無いという事です。それが就職を難しくしています。技能を教える先生も旧式の事しか分らないのですから教えようが無いのが現状です。研修で身に付けたとしても、付け刃ですから習う生徒は尚更です。使い物になるわけがありません。
一番は運用力を付ける事こそ教育の為すべき事と思います。

Hbar 10/12
昨日の首藤さんの短歌随想(テストは何のため)は考えさせられる問題です。
私の「何を教えるか」が解決法ではあるんですが。
誰に対して教育するかの問題なんですね。終戦直後、もっと遡れば明治維新には食えない人が今の北朝鮮の如く大勢いました。一律に食う為にこれをやれで良かったんです。
現代は飽食の時代となり、構築した教育目的が消滅しています。既成概念での教育改革では無理と言う事です。
アンケートをとられたのはさすがですね。
それが慕われる先生の第一条件ですもんね。

Hbar 10/22
飯大蔵さんのイーホームズ藤田社長に有罪判決には頭を抱えさせられます。
本当の悪者は他に居るのですが、操作しようともしません。ホリエモンや村上ファンドでも同様の手口で巨悪は多いと思います。そこらを正すのは、真の教育改革が求められる所以です。

Hbar 12/18
どこまで続く泥濘ぞという長いトンネルの日本経済ですがブログを書く為に改めて歴史を読み直しますと、何時の時代も同じ感情を持ってたんだなあと気付かされました。科学技術はどんどん進化しています。それを取込んで自動化が否応無しに進行しています。現代人は時代に対応する為には勉強しなければならないのです。それをせずに昔ながらでやるとワーキングプアです。私も例外ではありません。長いトンネルを抜け出す為に懸命に学んでいます。私は自主で実行しますが、多くの人はこういう訳にはいかないでしょう。これをシステムとして生涯教育で取組実現しないと仰る世の中は実現しません。

Hbar 12/18
狭い意味での市場原理主義 成果主義はやめねばなりません。danboさんの仰る家族的であり仕事に没頭できるとか文章が書けお釣の計算ができるという状況を組込むのが真の市場原理主義 成果主義だと想います。要は未だこなれてないんでしょうね。こなれるよう頑張りましょう。

八王寺だより 12/18
最先端の職業を目指して努力することはいいことですが、全員が新しい職業に移動することは不可能です。今生まれているワーキングプアは、個人の責任ではありません。雇用制度、法律の問題です。真面目に働いても人間的生活が保障されない雇用制度を改めるべきです。

Hbar 12/18
制度というより国際競争力を維持する為に企業は色々と努力していると言う事です。日本の場合最大の資源は人材に他ならないのは論を待ちません。制度を政府が作り保障すれば借金が益々増加して往生してしまいます。今でも小渕内閣のつけで日本全体が苦しんでいます。ワーキングプア解消の為には自助努力しかありません。しようという気持のある人は良いのですが、思いつきもしない人が多いのが現状です。これ等の人々を対象に生涯教育を施行するのが一番低コストと判じますが如何でしょう。

八王寺だより 12/18
国際競争力を付けるのは、企業の自助努力でやりなさいと言うのが私の考えです。政府の力を借りて、法律を変えてワーキングプアを作り出し、金儲けをすべきではありません。日本の企業は、明治以来手厚い国の援助を受けています。政府の仕事は、大企業を助けることではなくて、一番弱い立場の人の生活が成り立つようにすることでしょう。

Hbar 12/18
税収があってこその福祉です。
八王寺だより 12/18
大企業はいざなぎ景気を越える儲けを上げているのに、税金の比率は、法人税が減り所得税が上がっています。消費税の総額に匹敵する税金額分、法人税が減税されています。企業に負けてやった税金を、消費税として庶民から取り立てた結果になっています。

Hbar 12/18
景気が良いと言っても、企業が利益が大きくなったのは極最近です。成長率が僅かの為中々収益まで来ていません。それと、あまり税率を上げると私企業ですから海外に移転します。企業が利益を上げて初めて国も勤め人も成り立つことを再認識しないと。

Hbar 12/27
現代社会が産出す格差社会がうめくフリーター「奴隷ですから…」という叫びは技術革新に伴う働き方が変わってゆく過程においてはじきだされる人々の嗚咽でもあろう。我が人類の歴史において同様の事態には社会からはじき出された者、そして飢えや疫病に倒れ、そこここらは死体の山だった事を忘れてはならない。その屍の上で繁栄を謳歌しているのだ。

Hbar 12/27
アイヌが虐待されているというよりやっと北の零年になったと感じる。明治には屯田兵を始めとする開拓団、政治犯の食事も与えられない強制労働が色鮮やかに残る北海道史。今また財政破綻した夕張が書き加えられる。そこへアイヌの市民権が定着しつつあるという事なのだろう。

Hbar 2007/1/3
今更ながら「凜とした日本人忘れまい」と言われても難しい。熟成したものを否定して、未熟なものを肯定しているからこういう社会になったという現実を忘れているのだから。

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