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zoom RSS 言志四録に見る教育論

<<   作成日時 : 2007/08/10 15:39   >>

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先ずは志を持つ為に学び、持った後はそれを成就させる為に学ぶことだ。

言志録の冒頭第2条で「太上師天、其次師人、其次師経。(最高の師は天であり、次は人であり、その次は書籍である。)」とある。

何から学ぶかは天や地を見て、その造型が手本となる。
アイザック・ニュートンが林檎の落下するのを見て万有引力を発見した如くである。
自然の造型及びその成行き程に良き師はない。

その中に我々も居て、周りのものと同じく象られ運行している。

それを解釈して生徒に伝える職業が教師であり、書いて伝える為に書籍がある。

教師の心得は「教人者、要須責其志。聒聒騰口、無益也。(教職にとって、教え子にとっての志有る無しを咎める事が重要であって、他に喧しく言うのは無益である。)」とある。

又、書籍の読み方として「読書法当師孟子三言。曰、以意志。曰、不尽信書。曰、知人論世。(読書の方法としては、まさに次の孟子の三言を師とすべきである。その一、「自分の心をもって、作者の精神のあるところを迎えとるべきである」その二、「書物に対しては批判的であってその一部は信用しても、全部は信用しない」(孟子の言う書は書経の意であった)その三は「作者の人柄や業績を知り、またその当時の社会的背景を論じ、進修の資とする」)」とある。
詰りは、教師は生徒に人生の目標を持たせる為に居て、心で翻訳する読書をして自分の言葉で表現するように書籍から学ぶという事であろう。

後録に至っては録の後を受け、大切なのは心学という条の多さに驚く。

晩録第1条に「為学緊要。在心一字一。把心以治心。謂之聖学。為政著眼。在情一字。循情以治情。謂之王道。王道聖学非二。(学ぶに、最重要事は、心一字にある。自分の心を掴み、此れを治めるのを聖人の学という。政をするに最重要は、情一字にある。人情の機微に従い、人々を治めるを王者の道と謂う。これら王者の道と聖者の道とは同一で、別物ではない。)」とある。

又、晩録に見る特徴は宋学について多くの条項を割き心学としての朱子学を強調している。

耋録では冒頭より朱子学の本質が心学である事を述べている。

その途中2条にて教師の心得が「教。有三等。心教。化也。躬教。迹也。言教。則資於言矣。孔子日。予欲無言。蓋以心教為尚也。(教方に三つの段階がある。第一の心教は師により自然の教化。第二の躬教は師の行為の跡を真似させる教え。第三の言教は師が言葉で説き諭して導く教えで、言葉を手段とする。ところで孔子は「自分は言葉で説き諭すということはしないようにしたい」といった。思うにこれは心教を最高の教えな訳だ。)」とある。

明治以来の文部科学省主導の教育は言葉で説き伏せる教育のみしているように思える。これを百年以上続けている訳だから、今の体たらくは当然の報いと言うべきだろう。

次に学を修める手段について10に余って述べている。

学を修めると「為学之効。在変化気質。其功不外於立志。(学問をする効果は、人の気質を良い方向に変える事だ。その実行が立志である。)」となり、「以口舌諭者。人不肯従。以躬行率者。人効而従之。以道徳化者。則人自然服従。不見痕迹。(口先ばかりで人を諭そうとしても人は心服しない。自ら実践して人を先導して行けば、人は之に習って従って行く。更に、道徳をもって人を感化するならば、人は自然に服従して、抗う遮形もない。)」を実行出来るようになる。

ここで言う学びに秋山好古が浸ったからこそあの働きに繋がった。

又、明治も他の東洋諸国に先駆けて洋化に成功したと言える。

それは当時の日本人にとって空気のようなものであり、結果的に無くしてしまい、平成の世になって庶民はのたうちまわっている。

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