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zoom RSS 現代社会における言志四録の位置付け

<<   作成日時 : 2007/08/12 14:36   >>

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一万年に及ぶ智慧の連鎖としての江戸末期における空気の紹介を終えた。

それが成立するのに数知れない偶然の結果がその空気であったに過ぎないのだが、それが無ければ現在の日本は当然無いと知らねばならない。

中国でさえアヘン戦争で空中分解してしまった。

朝鮮に至っては日本の植民地となってしまっている。

他のアジア諸国は言うに及ばず西欧列強に切り刻まれている。

現代日本社会は雅に歌を忘れたカナリヤと言うべきであろう。

単にその空気を作った仏教や儒教という構造物を百数十年に亘って無視し続けただけなのだ。

現在の知識人達は偶々できた空気という事を知らず、江戸を見直す空気が出来て久しいが、表面的な目に見える文化論のみで空気まで踏込んでいない。

その空気を読むのに言志四録ほど格好なものはない。

これも40代という油の乗切った時に書き始め、80代までその思索が熟成していく過程までみせてくれるというおまけ付なのだ。

思想の熟成という観点の助けを得れば、空気の真実が掴めるのだ。

詰り、言志四録は当時の空気を想起させるのに格好な教材という事になる。

言志四録で忘れてはならないキーワードは易・志・敬・学・養であろう。

この5つのキーワードで江戸末期及び明治初期の空気は彩られて居たと考えて良い。

何を教えるかの大まかなアウトラインは浮び上ったように見える。

未だやらなければならない作業が幾つか残っている。

二年後から教えたとして、それが効をなすのは20年後になってしまう。

そういったわけで20年後に役立つものを教えなければ、今と同じく若者はフリーターとなり中高年の自殺は止まない。

それと教育手法も重要であろう。

それを支える政治と行政の問題もある。

一番大切なのは20年後の仕事のあり方であろう。

教える階層は、生涯教育までも対象とすべきである。

これから増々高齢化が進み、離職以降の生き方が問われ、それ如何によっては社会の活性状況に大きな違いが出るだろう。

そこまで見据えて初めてどういうシステムと手法で教えるかという議論に入れる。

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