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zoom RSS エピローグ ほんとうに大切なこと

<<   作成日時 : 2007/11/25 10:54   >>

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最も楽しい活動は、愛の行為と友達付合いだ。
人間は自分の人生に登場する人々について一緒に過してどの位楽しいか評価付けをしており、スケジュールと経済が許す範囲で自分の満足できる形にして彼らとなるべく多くの時間を過して1日を「最大限に活用」しようと工夫する生物だ。
人生を生きるに値する時間にしてくれるのは、何よりも幸せで充実した気持だろう。
人から人へ情動が感染するので、気分の可也大きな部分が他人との相互関係に左右される。
ある意味で、共鳴しあえる人間関係は心のビタミンのようなもので、辛い時の支えとなって、毎日を心豊かにしてくれる。
幸福な生活の決め手は生き生きとした人間関係にあるという認識は、万国共通だ。
文化によって細かい点に多少の相違はあるものの、「最良の人生」を送る上で何より大切なのは温かい心の繋がりであろうというのは万国共通の認識だ。
肯否が逆転して、否定的な場面が多い人間関係においても、相手との関係を絶つという選択肢のみでなく、人間関係を悪化させている行動を修正する努力をしてみる事だ。
心の回復力と社会的知性を最大限に発揮して、自ら情動の働きかけを変える工夫はできる。
自分が周囲の人々の人生にどのような脅威を与えているかも考える必要がある。
「我−汝」の関係から生まれる共感は、自然に次のステップとして他者を気遣う行動に繋がる。
博愛・善行・同情といった行動は人間に生れつき備わっていて、これを司るのが社会的知性だ。
現代の厳しい社会的・経済的現実を考えると、他者を思いやる社会的知性は尚一層の重みを持つ。
科学の成果を社会的知性の向上に活かそう
現代社会に蔓延る「我−それ」の関係は人間を「もののように扱う風潮」を促し、人間関係を非人格化する傾向する傾向は人間の生活と精神そのものを蝕み、人間の幸福が脅かされつつある。
心理学のみならず科学全体として倫理の分野に踏込む事を避け、そうした問題を人文科学や哲学や宗教に押付けてきた事を否めない。
脳が社会的刺激に鋭敏に反応する事実を考えれば、人間関係が情動だけでなく肉体にも良きにつけ悪しきにつけ影響を及ぼしており、反対に自分も他者に影響を及ぼしているという事実と向合わざるを得ない。
他者の苦しみに無関心で社会的スキルを自己本位な目的でしか捉えない現代の社会観に危機感を持ち、自分同様に他人の事にも責任を持つ共感や思いやりのある社会観を持ちたい。
この対極的な2つの社会観は、社会神経科学にもメッセージを投げかけている。
いつの時代においても、科学的探究の成果は善良な目的にも邪悪な目的にも応用できる。
発明が意図しなかった結果を招来する危険性は、技術の進歩において避けられない一面だ。
新発明は次々に登場し、その影響を把握しきれない内に社会を席巻してしまう。
社会は常に、新しいものを受け入れて実験を続けているのだ。
一方で社会神経科学者達も、科学的成果の有意義な応用を多々計画している。
例えば、ラポール成立時に生理学的数値の同調がみられるという発見を利用して、医師や心理療法士の共感能力を高める訓練に役立てようという計画がある。
或いは、生理学的数値を1日24時間モニターして無線送信できるウェストポーチ式の装置を自宅療養患者に着けて貰い、鬱状態に陥る傾向が表れたら自動的に信号を送信できるようにしておけば、常に精神科医が傍で待機しているのと同じ状態で見守る事ができる。
社会脳に対する理解が進み、人間関係が生理機能に及ぼす影響が解明されるにつれて、健全な人間関係が心をどれほど豊かにするかを考えると、現状のように病人や高齢者及び受刑者を隔離する方法について再考されて、様々な社会施設の改善案が出てくるだろう。
慢性病を抱える患者や死期の近い患者については、患者の家族を含めたボランティアの輪を作り、救いの手を差伸べる事もできるし、更に一歩進んでヘルパーに対する支援も必要だろう。
孤独な人に対しては、ひとりぼっちの時間に話し相手になってあげるのも良いだろう。
殺風景で孤独な施設に収容されているケースの多い高齢者については、様々な年齢の人達が一緒に暮らし食事を共にする「コ・ハウジング」を考えてみても良いだろう。
その上で、何れも経済効率を優先しがちな経理担当者から目の敵にされているが、人間が最高の能力を発揮する為には心の結び付が必要であり、そうした面を無視した合理性だけを求められている学校・病院・刑務所等の施設で働く職員にも目を向ける必要がある。
私達は社会的知性を磨く必要に迫られており、それで人間は心を結び合い、能力を発揮できる。
国民総幸福
国民の幸福や満足を経済成長以上に重視する考え方(単純に消費が増えれば国民は幸福になるという万国共通に前提としているのは誤りであり、所得や雇用だけでなく人間関係の満足度や人生の目的意識等も包含した幸福の尺度を重視する。)を支持する経済学者は少数派とはいえ世界中で増え始めている。
テクノロジーによって、人間は他人及び自分自身からもどんどん切離されていこうとしている。
「テクノロジカル・フィックス(人間の問題を技術力で解決しようとする姿勢)」を造語したアルヴィン・ワインバーグは「文明は、かつては有意義だったものが駆逐されてしまい、生きるという行為がPC画面の前に座って遠い距離を隔てて他人と接触し、ひたすら最新のテクノロジーを見詰ながらメタ世界に住むという果てしない奇妙な世界を漂っている。
しかし、最も大切なものは家族やコミュニティであり、社会的責任であろう。
之迄の考え方では、資源配分の有効な方法は資本主義とされたが、それには思いやりが欠ける。
我々の経済モデルの発展性は、尽きたのではないか。
現在世界が直面している失業率の高さは実際には構造的で非常に根の深いものであり、一時的な現象ではなく、この先もずっと、相当数の人が望む仕事につけない状態が続くであろう。
となると、我々のシステムを単に効率だけでなく思いやりのあるものに修正していくにはどうすれば良いのだろうか。」と問い掛けている。
我々は、他者を思いやる能力をもった社会を建設していく必要がある。
経済学者は、社会的知性の高い子育て、社会的・情動的スキルを教える学校教育や犯罪者更生プログラム等が社会に広範な利益を齎す事を理解すべきだ。
社会的知性を高める為に社会全体が努力すれば、結果的に子供の人生にも、その子を取巻くコミュニティにも恩恵が帰ってきて、学業成績から営業成績に至る迄、或いは幸福で社会的知性の高い子供から安全で健康なコミュニティに至る迄広範に及ぶに違いない。
人々の教育程度が向上し、より安全でより健康な生活を送るならば経済にも期待できるだろう。
「ぼくらは互いに愛しあわねばならぬ」
生きる力は人間とのふれあい、特に愛する者との結び付から生まれる。
従って、自分の大切な人達は、常に新たなる活力の源であり、不老不死の霊薬に他ならない。
親と子、祖父母と孫、彼と彼女、夫と妻、良き友と友の心の交流には明らかな効能がある。
最新の神経科学により効能が解明され測定可能になった現代、私達は社会生活の影響を人間関係と脳の働きと人間の健康や幸福の間には驚くべき関係が存在するという視点から見直そう。
人間はウィルスに感染するように他人の憂鬱にも感染し、その結果本物のウィルスにも感染してしまう。
詰り、嫌悪、軽蔑、激怒等の不快な感情発散は他人に対して有害であり、他人の肺に有害な副流煙と同じであり、逆に好ましい情動発信は人間関係の健康増進に役立つ。
そうした意味で、社会的責任は、今この瞬間に自分の身の回りから生じていると認識しよう。
社会的責任とは、偶然行き会った相手から最愛の家族に至る迄、自分の周辺に存在する人々が最良の心的状態に居られるように自身を処す事であり、それは「社会的繋がりを養う」事である。
社会的知性の研究成果によって、私達は1歩ずつその限界を広げていける。
憎悪から生れた対立を容認するのではなく、共感を差伸べて異なる集団同士が理解し合い、対立に橋を掛けなくてはならない。
社会脳の働きによって、人類は共通の1番大切な部分で結ばれている事を知ろう。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 エピローグ、拝見しました。現在、おろそかにされている大切なことが、たくさんまとめられていると思いました。ただ、問題は、ここで書かれていることを実現するのにどうするかということになると思います。理想と現実は違うと言う言葉は、よく言われることですが、ここで書かれている世の中の実現は、今の時点では非現実的であるようにも思いました。障害をもたれている方や、ヘルパー、ボランティア仲間などと普段、交流がありますが、とても実現しそうにないという感じです。早く本物の二大政党になって、政治を根本から変えていってもらわないといけないのかも知れません。
楽夢大喜(kitasun)
2007/11/27 09:23
このエピローグはダニエルゴールマンの書いたものです。
これは社会がするものというより楽夢大喜(kitasun)さんご自身が実行なさるべきものなのでしょう。個人個人が社会脳を持つ事を実感する時、社会的知性に溢れた姿が満ち満ちるようになるのではないでしょうか。そして、それは分った人が次々へ伝え世の中に充満させるものでしょう。
Hbar
2007/11/27 09:49
はじめまして。
ブログ読ませていただきました。
とても共感することばかりです。
私が今、挑戦してることが、Hbarさんの記事の中にあります。
みんな「心」をどこかに置き忘れてきている時代です。
びよんど
2007/11/28 10:43
びよんどさんようこそ
共感して頂いて嬉しく思います。
このブログ全体に一貫している思想ですので初めから色々と呼んで頂けたらと思います。
心は置き忘れているのではなくって、誰もその大切さを子供時代に教えて貰わなくなっただけなんですよ。
昔は親は背中を見せてくれて居ましたが、現代では男手さえ化粧をして顔を見せて言う事を聞かせて教えようとしています。
だから心が育たないのです。
そして、色々な入ってくる情報が多くなりすぎて心を認識できる情報が片隅に追いやられているだけなのです。
教育機関・家族・地域揃って心を教えねばなりません。
hbar
2007/11/29 09:55

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