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<<   作成日時 : 2008/01/06 12:15   >>

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政権の安定により実現した生産性の飛躍的増大は分業化を生んだ。
官僚の世襲制に始まる。一門で専門職を世襲し、師弟に幼少時より厳しく鍛錬させ、その道のプロとして政治を行った。その定着が摂関政治という訳だ。名残は芸道を支える屋号や家元制度に見える。幼少時から芸道を叩き込まれ、若くして宗家を名乗る人々の華麗さは我々を楽しませている。又、同時に老年の鍛え抜かれた至芸者に見られる枯れた味わいにも興をそそられる。
律令政治を支える夫々の職種で専門性が高まるに連れ、摂関政治を支えた荘園制度が基幹産業である水稲耕作を維持管理するシステムとして働き、天皇親政が摂関政治にとって変わられたのは何とも皮肉な現象でもある。それは今で言う農園経営という企業の誕生に他ならない。
武士階級の登場も専門職化の流れにのって登場したのであり、例外ではない。
十一世紀に入って武装した武士が市民権を持つに至ると治安が良くなり、生産性向上は加速した。自我の目覚めが貴族及び武士から庶民に広がる事になった。同時に文化の中心であった貴族の没落により仏教の末法思想に根ざした厭世気分が蔓延した。
原始資本主義の成立した千年位前の世界では富の集約が為され、一種の消費社会が生まれた。消費者たちは修行なしで救って貰える阿弥陀信仰を比叡山のサービスで手に入れ、やがてそれは末法思想に後押しされ、爆発的な阿弥陀仏需要が生まれた。
その中で成立したフォーマットに現在の仏師用語に定朝スタンダードという言葉の彫像方式がある。千年近く経った今も阿弥陀仏を彫る方式はそのままだ。定朝の工房は芸術家のアトリエを超え完全分業での大量生産工場だったようだ。戦後の高度成長時に行われた大量生産の雛型は既にこの時代にあったようだ。
富の集積は新たな時代の足音になるのは何時の時代も例外ではない。
又、それまでのスポンサーであった貴族の没落で次のスポンサー探しの為に新しい仏教運動が起こった。その背景には、それまで独り善がりとよくうつの中でしか生きてこなかった人々に生きる意欲を伴ったエネルギーと兼好法師や鴨長明にみられるように没落貴族の厭世があったことを忘れてはならない。
世紀を超えた現在もそういう厭世ムードが強く新しい何ものかを待望している感も強く感じるのは筆者のみではなかろう。
最初の一歩は叡山から加茂川河原へ僧が下りてきて説法しだした事に始まる。
空也上人の踊念仏がその代表である。
又、平氏による南都焼き討ちによって焼失した東大寺再建へのエネルギーも無視ではない。
新宿にフーテンの集団ができ、フォークソングブームが起きた事を思い起こして欲しい。その頂点を極めたのがビートルズであって日本では矢沢永吉である。あのころから破竹の高度成長が始まったのだ。
現代社会もGDP世界第二位の経済大国である。当時の状況(摂関政治の頃かも知れない)と現代社会とは酷似している。これから社会及び文明が変遷する姿をどう予見するかをこの時代に学びたい。

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