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zoom RSS リスク管理という事を1日考えてみた

<<   作成日時 : 2008/02/15 14:58   >>

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リスクという言葉は大辞林を退くと、予想できない危険とある。
管理という言葉を使うのだから、予想も付かないものを確率論的に予想してマネジメントするという事に他ならない。

周りを見渡すとそれを専門職業にしている保険会社があるではないか。
彼等の仕事はリスクの発生しそうなものに対して確率論的に割出して料率を定め、顧客と契約を交わして、もしリスクが現実になった時に契約額だけ支払いをするというビジネスだ。
現在の契約書を交わす慣習を持つビジネス社会にとってはなくてはならない存在だ。
殆どの業態で、保険契約を結んで、消費者に対して責任を果す手段として活用している。
この延長線上で考えられるのが、最近話題になっている格付け会社もリスク管理だ。
今回のサブプライムローン問題では大いに汚点を付けてしまった。


現代社会は危険と隣り合わせである。
我々は危険が身に迫ると本能的と思われる態度を採ってしまう。
例えば、熊を見たとしよう。
殆どの人は背筋が凍りつく。
逃げなければならないのに、立ち竦みさえする。
これは網膜から偏桃体に情報が伝わり、偏桃体が小脳に指令を出し、小脳が前進に指令を出して行動に移るという事だ。
火事場の馬鹿力という例えは聞いたことあると思う。
あれも、気が付いたら何でこんな物持っていたんだという思いに刈られると思うのだが、同様の神経伝達経路を通って筋肉が動いてしまっているだけなのだ。
5感から入ってくる情報は全て直接偏桃体にも届けられて、それが恐怖信号となって我々は様々な反応を起してしまう。
無論、通常の見え方(感じ方)は視覚野(1次から5次まである)に伝達され、それがワーキングメモリーに1時収納されて前頭葉で通常の見え方になる情報転換される。


何回か同じ体験をしていると、それに対する反応も異なってくる。
そして最善と思われる行動パターンを記した回路が小脳にコピーされ、同様の経路を通ってその最善パターンが条件反射と思われる行動をする事になる。
殊に運動の学習には大きな力を発揮する。


話は変るが織田信長が本能寺の変で討死したのはリスク管理に失敗したからに違いない。
仕事を成し遂げる事とリスク管理は正反対と言える。
もっとリスク分散しておけば死ななくても良かったのかも知れない。
しかし、恐れる余り人を信用しなければ人は動かない。
権限委譲とリスクという事であろう。


ITはリスク管理に非常に適している。
起きる可能性のある事象とその起り得る確立をデータベースに仕舞い込めば、そこそこコンピュータが危険度を出してくれる。
保険会社がやっているのみで金融や行政での活用が待たれる。
信長の時代にこれが使えれば歴史は大きく変り、今の日本も無かったかも知れない。
ジンギスカンの事を考えれば、余りに成功しすぎると続かないというのが世の習いだからである。程ほどがリスク管理にもなるかも知れない。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
リスクが予想できない危険とは確かにそうだと思いますが。
アメリカのサブプライム問題はリスク管理が行き届いた結果と思います。
そもそもサブプライム問題は住宅販売会社がリスクを金融商品としてリスク分散しただけです。金融商品を開発した住宅販売会社は儲かりました。儲けた会社が存在する以上、金融商品は損をする人が存在するということ。以前、サブプライム問題について三菱UFJ銀行が想定外だと言っていましたが、私はサブプライム問題は起こるべくして起こる予想できる危険だと思っていました。予想ができないことがおかしいのだと思いますが。
一般人
2008/02/17 20:38
そうですね三菱UFJ銀行は予想できるべきですね。しかし、儲かれば良いのであれば船場吉兆やミートホープも悪くない事になりますね。少なくとも発覚するまでは消費者も喜んで買っていたのですから。責任ある企業としては三菱UFJ銀行と同じく予想できて控えるべきでしょうね。
hbar
2008/02/17 20:57

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