よく考えよう

アクセスカウンタ

zoom RSS コミュニティとは

<<   作成日時 : 2008/02/15 17:28   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

これからトラックバックしようとしているブログでコミュニティの力を力説しています。

我々は遠く室町の昔に現在の地域コミュニティの発祥である惣村を持った。
それ迄、実質的な地主を名と言い、その名を中心として耕作者集団がモザイクのような集落構造を為していた。
彼等は自身の所有地の地権を中心に全てが動いていた。
というのが彼等が年貢を納めるのは朝廷とか公家であって、地元には管理体制が及んでいなかった為と考えられる。

それが鎌倉幕府の支配となって地頭が所領として支配するようになった。
そこに惣村の生れる機縁となったと考えられる。
惣村となって初めて、田畑と住居が離れ、その区割りは水利とかの合理的な生産に必要な区画割となっている。
そしてこの惣村が我々のコミュニティノスタルジーになっている。
5〜6百年も昔、幕府から各々の惣村に目が行き届く訳も無かった。
地頭が取仕切っていたと考えられる。
泣く子と地頭には勝てないという言葉が生れたのはこの頃の事だ。


時代は移り、下克上の世の中になり、制度としての地頭が崩れても惣村の形態は残った。
地頭は居なくとも、惣村は自身の力で全てを取仕切らねばならなかった。
実質的な自治だ。
戦国大名は領国の経営の為、灌漑治水に力を入れ、一円支配が強まった。

秀吉の太閤検地を経て、江戸時代に入ると惣村の自治は次第に滅びていく。
しかし、それは今から見ればコミュニィティの宝庫だった。
幕藩体制の基、藩主は領国の経営に力を入れ、庄屋に帯刀を許し、代官を務めさせた。
管理組織が充実した訳だ。
しかし、現在とは違い、電話もなければテレビも無いのだ。


これから先は全てのインフラ面で時代を追って進んで行く。
結果として管理が出来るようになったという訳だ。


労働形態も変った。
インフラの整わない時代において、殆どの人々は多くの人と共同でなければ水田耕作すらできなかった。
ところが江戸末期以降は、夫々が役割分担すれば仕事として収入に繋がるようになった。
1人で出来るようになったから人に頼らなくなったし、コミュニティは崩壊してしまったのだ。


我々は、眼窩前頭皮質で人の眼窩前頭皮質に起っている事を読取る事が出来る。
そして、脳にはミラーニューロンが数多く配置されている。
我々は共に談笑しあうように出来上がっている。
そこにこそコミュニティ再生の鍵がありそうだ。
再生して2極化が阻止出来るかと言えば保証の限りではない。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
私たちが本当に失ったものは何なのか(格差問題はどう考えればいいのか:その6)
格差是正には理論的には政府の関与が必要だが、 お上(政治家・官僚)は、その再配分の担い手としての 優秀さを持ち合わせておらず、 日本における「政府」の再配分機能は、 残念ながら信頼に足るものではないことがわかった。 ...続きを見る
途転の力学
2008/02/16 08:54

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
コミュニティとは よく考えよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる