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zoom RSS はじめさんからの問い掛けに対する回答

<<   作成日時 : 2008/05/18 18:29   >>

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私がよくお邪魔しているブログで中央労働災害防止協会の認定資格である、心理相談員の資格を持たれておられるはじめさんから以下の質問を頂きました。
余り答えたくない事なのですが、私自身言っている事の一貫性をこのネット社会でも貫く為に逢えて答えます。

先ず、はじめさんの質問ですが
横レスですが、Hbarさんは今の自分を否定したいのでしょうか?
「私が自閉症と言うのを知りませんから言いたい放題で私は育ちました」とのことですが、とにもかくにも、あなたはこうやってネットで自己主張ができるようになっているわけですよね。これも否定されるのでしょうか?
もし、あなたの親が「何もしないで抱締めるだけ」の療育をして、「本人の人間全てに備わっている自然治癒力」に頼ったとしても、同様のことができるようになっていたとお考えですか?あるいは、もっとすごい人間になっていたとお考えですか?そうならば、その根拠は何ですか?
自分のHPにも書き加えたことですが、療育では、過去の仮定の話をしても、何の役にも立ちません。本当にそうなったかは憶測でしかないからです。同様に、今療育に力を注いでいる方の決断に、その責任を負わない立場からアレコレ言うのは慎むべきです。将来そうならなかった時に対応できないからです。
療育をする・しないは、反対側の立場を取った時の可能性を切り捨てる作業でもあります。
確信を持てない中でのつらい作業なのですから、Hbarさんが「言いたい放題」言われて辛かった思いは同情しますが、その感情にのみとらわれたお言葉にそのまま従うことはできません。
と言う内容のものです。


全く人を馬鹿にした物言いに些か腹立ちを覚えます。
先ず、自分を否定したい人間が情報発信する道理が無いと言う事を確認したい。
私が高機能自閉症という診断を受けたのは去年の9月でした。
58年以上も自身が自閉症という事さえ知らなかったのですから、当然両親は知りようも無い訳です。
我が子が自閉症と診断されて苦しんでおられる保護者のブログを見せて頂いて私の両親が私を健常児として自身の身勝手な世界観を押付け、様々な親としての要望を押付けてきた事実を言いたい放題と表現したのですが、自身が自閉症である事を顧みると、ご苦労なさっておられる保護者の方々を思えば気楽なものです。
かと言って、両親を馬鹿にしている訳でもなく、両親のお陰でこうやって情報発信もできるという自覚もあります。
当然、育て方が異なっていればどうだという議論は当然あります。
10才の時に父が鬱病で母がめそめそしていました。
心の幼い私は我慢する他無かった訳です。
ご苦労されておられる保護者のように私の事を第1に全面的に受入れる姿に羨望を持って何が可笑しいですか。

次に、現在の発達障害学会でのあり様は対症療法しか無いと言えます。
感覚統合療法・応用行動分斥等はその最たるものです。
権威ある学者が奨めるのですから皆さんが信用なさるのは当然と言えます。
これらがする事は人間の判断に任せての試行錯誤でしかありません。
私自身はこれらの試行錯誤こそ自閉症児及び保護者を悲劇の坩堝に追込んでいる犯人と考えています。

科学を多少でも齧っていれば、人体と言うのは真に精妙に出来ている事を知っています。
我々の身体は有核細胞でできており、元々独立したウィルスであったミトコンドリアを取込み効率良い代謝を実現しています。
それに留まらず、免疫システムの精妙さにも驚かされます。
最近は糖鎖の働きが注目もされています。
これらの粋を集めたものが神経細胞と言えましょう。
この神経細胞が夫々が細胞として互いに連鎖しあって我々の心を象っています。
その凄さに人智が及ぶと思っているのですか。
雅に、感覚統合療法・応用行動分斥は哲学的にも全ての分野で足らない判断力で子供に強制する治療法に他なりません。
全く効力が無い訳ではありません。
その足らない人智がターゲットを定めればそのターゲットを得る事のみには有効でしょう。
そのターゲットを手に入れる為に犠牲になっているものは無いと断言できますか。
私は人智はそんなに大したものではないと考えています。
しかし、数千年の時を経た囲碁や仏教哲学は人智と言っても何兆人という人が関っているはずですから有効と考えます。
形而上学もギリシャの昔から万学の女王として現代に生きています。
感覚統合療法・応用行動分斥は未だ試しの段階に過ぎません。
盲信は如何なものかと考えます。


自閉症者も重度の方でも年を重ねると普通の社会対応が可能となっています。
私もその1人です。
今でも自身の筋肉の動かし方を脳が巧く制御できない事実もあります。
それがこうやってはじめさんが私を非難する事に対して論理を以ってはじめさんが間違っていると論じています。
これこそが自身が向かうべき方向を示してくれたのを受けて当り前の状態を勝ち得たという証左では無いでしょうか。
脳は喜ぶように向かうように出来ています。
障害を乗越え、頑張るように出来ているのです。
ですからTEACCHプログラム・コミック会話、ソーシャルストーリーにはある程度期待しています。
それを補うのが感覚統合療法・応用行動分斥と捉えています。


私は自身が本人であり、悲惨な障害者及び家族の役に立ちたいという熱意で情報発信をしております。
もし、反論あるようならどんどん言って下さい。
私ははじめさんのような方が私の主張をどんどん発信して下さる事を願うものです。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
ご要望にお応えして参りました。
まず、誤解をされているようですが、馬鹿にしているつもりはありません。詰めた議論をしょうとしただけですよ。

本論に入る前に、確認させてください。以前も問いかけして結局お答を頂いておりませんが、「そのターゲットを手に入れる為に犠牲になっているものは無いと断言できますか」のコメントに言う「感覚統合療法・応用行動分斥」の犠牲って具体的には何だとお考えですか?
はじめ
2008/05/18 20:53
以前にお答えしてなかったのは貴方がリンクも張らず、何者かも明らかにしなかったので答えていません。自身の存在を明らかにせず、疑問だけ投げるのは答える必要無しと言う事です。今回は、リンクを張っていましたから議論に応じたのみです。
応用行動分斥について何が不足かと言うのは本文を見て頂ければお分りのように専門家が試行錯誤としてしか使っていないのが1点、これも本文に書いてある通り人間の考える事は不定見であるという事です。
その不定見を頼りに障害者本人及び保護者を迷わせているのが現在のありようと見ています。ご存念の程お聞かせ願いたく存じます。
hbar
2008/05/18 21:11
「犠牲って具体的には何だとお考えですか?」
という当方の疑問に全然お答えいただいておりません。
申し訳ありませんが、詰めて議論をしていきたいので、「○○な不都合がある」「子どもに○○な害を及ぼす」等と明らかにして下さい。

質問の仕方を変えれば、応用行動分析によって、できないことができるようになる代わりに、犠牲にしているものは何ですか? ということです。

なお、「人間の考える事は不定見」なら、TEACCHプログラム・コミック会話、ソーシャルストーリーも不定見になりませんか? 感覚統合や応用行動分析と区別する理由は何ですか?
はじめ
2008/05/18 22:20
こんばんは。私はブログを持っていないので、考え方云々は全てお伝え出来るか分かりかねますが。
私は自閉症者ではないので、自閉症者当人の辛さは体験出来ません。
それと同様、貴方も定型者の抱える悩みや苦しみも体験出来ないでしょう。
ですので、子育て当事者の立場ではない貴方の言葉に違和感を感じるのです。
勿論、貴方のブログで貴方のお考えを述べるのは自由です。
ですが、日々子育てに悩み周りとの調和を計り、
自分と葛藤し、理屈通りに出来ないのが人間です。
その上で療育等に励みながらも苦悩する人を否定的に助言するのを止めていただきたいのです。
前回のレスにあった、子供側の視点は分かります。
ですが、子育てには親と子供の双方の成り立ちが必須です。
いつでも親は子供の事を大事に考えています。
ですから貴方の極端な言葉に傷つくのです。
自閉症者と同様、健常者の抱える苦しみにも寄り添って考えていただけたらと思います。
せっかく貴方はこうして発信されているのですから、
もう少し柔軟に分かり易く相手の立場に立った言葉を選ばれていただけたらと思います。
マウス
2008/05/18 22:27
マウスさんようこそ。
私は自身が本人ですので貴方の言分には当らないと考えます。私は当事者が楽になるよう書いているのであって、揶揄する積りは毛頭ありません。

はじめさん
応用分析が齎す犠牲は大きいと考えます。
神様がなさるのなら納得もいくのですが、幾百万あるか分らない選択肢を人間が決めています。それも得心のいくソーシャルストーリーを描けて、決めてさえ間違え勝ちと考えますので、選択肢に疑問が多すぎます。これが自然に任せるならば免疫機能のように神秘とも言える自然の造詣の妙があると言えるでしょう。そして、それは試みとしてしか為せていないと受止めています。人間を実験台としている訳です。実験しなけれれば分らぬではと言う疑問には不正解でないという確証が無さ過ぎます。私が犠牲と言うのはそのせいで最終的に鬱病で精神病院に入退院したりパニックを起す可能性が0かと言う事です。
今夜はこれで寝ます。
hbar
2008/05/18 23:18
Hbarさんの書き込みを読みました。Hbarさんは@「応用行動分析は(親が)幾百万ある選択肢のうち一つ(か二つ)の結論を決めて(覚えさせて)しまうが、その選択肢が本当に正しいのか疑問である」A「人間を実験台としており」B「その実験により最終的に鬱病で精神病院に入退院したりパニックを起す可能性が0か疑問である」とお考えだと理解しました。
@について
そのような選択肢がたくさんある質問に対する答を一つに絞って教えるようなことは、理論上はできますがやる親はいません。例として、「何が食べたいの?」と聞かれたらとにかく「カレー」と答えさせるように応用行動分析を用いて教えることは理論上はできますが、それを実際にやって喜ぶ親はいません。
Aについて
明確に誤解です。効果があるかないかわからないものを実験しているのではなく、効果があるものを活用しているだけです。
はじめ
2008/05/19 06:24
(続きです)
Bについて
可能性が0なことはこの世にありません。しかし、療育に応用行動分析を取り入れたことで精神病院に入退院した例を寡聞にして知りません。事実があるなら、ご教示下さい。

当方はこれから出社しますので、レスを頂いてもご返事は早くても今晩以降になります。
はじめ
2008/05/19 06:24
@AB仰る通りですが、私は自閉症者は小脳の機能が満杯な為に使えないという論者ですので、@AB全てにおいて大脳に頼らざるを得ません。大脳は小脳と違い誤差信号も働きませんから記憶は全て生きていると考えられます。親でさえ朝令暮改しますので、親と異なるサポーターによる一貫した指導でない場合、生きた記憶同士がバッティングする恐れが多いですし、限られた大脳の領域を有効にする為に小脳があるにも関らず、その大脳に@ABを実行させれば不都合が起きるのは当然と考えます。そういう事を考えれば、下手に応用行動分析を使うのは考え物と言う事です。今日、記事にした村瀬先生のようにストーリーが書ければ話は別でしょう。療法士の方々にしても中々あり難い事例と理解しています。
hbar
2008/05/19 19:27
「大脳に@ABを実行させれば不都合が起きるのは当然」・・・正直意味不明です。
@を実行させるってどういうことですか? 「幾百万ある選択肢のうち一つ(か二つ)の結論を決めて(覚えさせて)しまう」ことを言うのですか? これならむしろ楽になると思いますが。
Aを実行させるって増して意味不明です。「人間を実験台とする」ことですか?
Bを実行させるに至っては、全く想像すらできません。鬱病になることですか、精神病院に入退院することですか?
そんなことを大脳に実行させられるものでしょうか。

応用行動分析では、朝令暮改等ありません。スモールステップの積み重ねです。

小脳満杯であると応用行動分析が「考え物」になる理由が全然書かれていません。

私だけではなく、書き込まない多くの読者がいることを考えてコメントを書いてください。
はじめ
2008/05/19 21:56
私の妻のブログにも貴君のありがたいコメントをいただきました。
おかげさまで私の子供は自閉症との認定を受けましたが、何を根拠にそのような発言をされるのか、当方では理解に苦しみます。
まずは推測で物申す軽はずみな発言を謝罪してください。
おそらく、色々なブログに書き込みをされていることと思いますが、甚だ迷惑です。
ご自身のブログで言いたいことを言うのは個人の自由ですが、他に書いてよいこと、悪いことの判断をしっかりするべきだと思います。
楽しいですか?
小島よしお
2008/05/20 01:11
はじめさん返事が遅くなり申し訳ありません。文字数が多くなり、別記事に致しました。読んでお返事頂きたく思います。
hbar
2008/05/20 09:35
小島よしお様ようこそ。
ご気分を不快にさせてしまった自身の至らなさに誠に申し訳無く存じます。
しかし、結果良しと考える立場を述べさせて頂きます。
自閉症療養の眼目は早期発見及び適切な療育にあろうかと考えます。私の時代とは違い、必ずどこかの時点で認定を受ける事は間違い無いのですから今回受けられたのは良かったとお喜び申上げたく存じます。
私自身、別に社会生活に不自由無いのですから認定受けようが受けまいが関係無いようですがこれ迄の人生59年間の自分探しにおける最終章と言う自覚を持ち自身は安堵しております。これまでの人生、どうしてこういう生き方を歩まねばならないのだろうという暗闇を灯り無しで歩む人生でした。ですから学べるものは片端から自分探しの為に学びました。健常者は人まねをしていれば人生送れますが、自閉症者は人まねができないのです。分ったのですからお子さんが安心して暮らせるよう配慮なさって下さい。私は2月からその為に自閉症者に対する論説を1日1記事書いております。昨年9月からの学びですからこれが精一杯でもあります。心理療法士や精神科医との応対に参考になさって頂きたく存じます。
hbar
2008/05/20 09:35

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