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zoom RSS 自閉症者に対する応用行動分斥を考える

<<   作成日時 : 2008/05/03 14:40   >>

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講演では、筆者としてはTEACCHの方に期待したくはあるのだが、応用行動分析は成果としての効用は豊富にあるが、日本では充分に活用されていないとの紹介だった。


応用行動分析は我々が普通に好子や嫌子と出合ったり別れたりして採っている4つの行動を応用して導く本人(保護者)にとって望ましい行動に導く療養技法だ。

技法の主なものとして課題分析、強化・罰・変動強化・固定強化を含む強化の原理、シェイビング、行動連鎖等がある。

シェイビングというのは難しい行動を形成するために、目標行動をスモール・ステップにわけ、達成が容易なものかが順に形成して行く方法で以下のようなテクニックを用いる。
強化の機会ができるだけ多くなるように、合格基準を徐々に引き上げる。
基準を引き上げる前に現在達成している行動を変動強化する。
新しい基準を導入するときは古い基準を一時ゆるめる。
常に強化が行われるように、相手を常に観察し、次のステップを用意しておく。
微妙な強化のタイミングや基準のずれがなくす為に、一つの行動は一人のトレーナーが教える。
二つ以上の行動を同時に上達させようとせず、一度に一つのことだけを教える。
最後に強化されたことが後々まで残るので、1回の練習はうまくいったときにやめる。授業の終わりに新しい課題を出すのは逆効果なので、授業の終わりは易しい課題で終わる。
効果が出ないときは別の方法にする。
注意をそらすのは罰(タイムアウト)になるので、練習中は相手から注意をそらさない。
環境の変化などでできていたのができなくなったら前の合格基準に戻る。


こういうテクニックを使って応用行動分析を行うのであるが、健常人に対して訓練として行うのはやぶさかではないのだが、発達障害児を保護者の都合でやって欲しくない技法と捉える。

障害児は発達が遅れているとはいえ、彼等なりに夫々の縁を真摯に受取り真剣に対処しているのだ。
保護者が子供に要請をした時、泣いたりぐずったりして拒否する時、彼等の合理性で受入れられないのだという事を理解して欲しい。


もし、応用行動分析を行いたいならお釈迦様くらい全てに対して判断力が効く人間になってからするべきで、そうでない療法は間違った押付けにしかならない。

この療法は成人した発達障害者本人が自身の意思で行うか、保護者が自身の背中作りに用いるには有効かもしれないが、小さな児童に用いるのはやめて欲しいものだ。

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コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
いつも私のブログに訪問していただいて、ありがとうございます。こちらのブログは、やや難解な部分があるのですが、応用行動分析の話はよくわかりました。
最近は、この手法がもてはやされているようですね。書かれているとおりに、子供たちの立場に立った支援が必要なのだと思います。大人の都合だけで、子供を動かそうというのは、どうかと思います。
香里太郎
2008/05/04 14:42
香里太郎さんようこそ。
多くの子供達と接しておられる先生の言葉を頂き、嬉しく思います。自身で正しいと思われる事を勝手に書連ねております。難解にお感じになられるのは始めて出会う考え方だからと推察致します。子供達の心の中を割ったらこうだと思えば分り易いと考えますが如何。
hbar
2008/05/04 15:36
こちらでは、初めまして。

「大人の都合を押し付けるな、子どもたちの立場で考えろ」という主張は、決してABAを否定するものにはなりません。

これは、社会をどう捉えるか、そのうえで子どもにどのような将来を与えたいと考えているのか、によって考え方がかなり変わることをまず申し上げて以下書いてみます。

私は、社会にはたくさんの人がいて、その中に自分や自分の子どもがいると考えます。

社会には一定のルールや秩序があり、人々はお互いにそのルールに従って生活することを期待し、期待されています。そうすることが結局はお互いに平和に生活できるからです。
(続きます)
はじめ
2008/05/04 22:30
時と場所を選ばずに泣き叫ぶ行動は、社会の人にとっても親にとっても平和な生活ができませんし、泣き叫んでいる子にとっても泣き叫ぶことでしか表現できない状態は辛いと思います。これは、社会・親・子どもの全てにとってマイナスです。

泣き叫ぶのは「彼等の合理性で受入れられない」何かが原因としてあるのはご指摘の通りですが、そうは言っても閉店時間を過ぎたデパートのキッズコーナーで遊ばせ続けたり、お気に入りとはいえ洗濯して生乾きのシャツを着せるわけにもいきませんし、手を離したがっても手を離したことで車道に突入する事態は止めなければなりません。よって、自ずから泣き叫んでも通らないことがあることを学ばなければなりません。
(続きます)
はじめ
2008/05/04 22:31
ABAは、良くない行動は原則は無視して消去(罰を与えて消去するのは弊害が多いのでできるだけ避ける)ですが、原因についても無視して良いとは言っておりません。どうにかできることは、代替行動を教えそれを強化することで、子どもがそれまでよりもストレスが少なくなる方法を学ぶことができます。
これにより、親も子どもの欲求が分かって困ることが減り、社会にも迷惑を掛けることが少なくなり、全てがWin-Winの関係になります。親の都合だけを優先するものではないのです。

なお、親が子どものために努力をするのは当然であり、どんなことがあっても耐えろというのは、あまりにも親の負担が重くなり過ぎます。親が持続可能な療育を行うためにも、ABAは有益・有効な手段です。
はじめ
2008/05/04 22:32
はじめさんようこそ。
先ず、社会をどう捉えるかは大人になっても世界観の持てない発達障害児にとっては捉えられない事であり、大人の都合と言う事です。
社会に連出すのは内なるものが育ってからで良いのでは。育たない内から連出すのも大人の都合です。
自身で成長する姿を消去したり代替を与えたりするのは大人の都合です。
大人が自身のライフスタイルを維持する為に使うABAは感心したものではありません。
将来の思春期・青年期に問題を起す火種となっていると考えられます。
ABAをしなくとも本質的な発達は発達障害児の内部で確実に進行しています。それを歪める大人の都合が不幸に繋がっていると考えます。
hbar
2008/05/05 00:01
早速ご返事を頂き、ありがとうございます。

ただ、最後の部分についてコメントがないですね。

親の負担が過大になれば、親がうつ病にかかったりするリスクも高くなります。気合で頑張れ、ではもたないのです。

「社会に連出すのは内なるものが育ってから」と言ったって、子どもを家に残して買い物に出かけるわけにもいきませんし、生活のために働きにいかなければなりません。このあたりをどうすれば良いとお考えですか。

また、「将来の思春期・青年期に問題を起す火種となっていると考えられます」とのことですが、主観だけではお話になりません。誰かが学説として述べているのであれば、読んでみたいと思いますのでご紹介ください。

そもそも、「将来の思春期・青年期に問題を起す」とは具体的にどのような問題でしょうか。また、それはABAをやられた子に特有のもので、ABAをやられていない子にはないものなのでしょうか。その両者をある程度の数で比較した結果なのでしょうか。
はじめ
2008/05/05 08:59
はじめさんおはよう御座います。
私の主張は不得手な社会的対応は対応力が出来てからという事ですので、子供は受けたい親の愛情のみ受けて生活します。子供に現在のようなストレスが掛らないのですから、親も楽と考えます。要するに心配だけから発した親の都合を適えるのがABAと承知しておりますのでこれが無くなれば親にもプレッシャーは格段に少なくなるでしょう。今書いている医学的対処法が書き終ったら前に戻って総括で「就学前からの治療方法」を書きますので読んで頂ければと思います。私の説は高名な学者の説ではありません。多くの方々が苦しむ様を見て、自身の身体に聴いて説いているものです。高名な学者の説は只々世のお母さん方や発達障害者本人を苦しませているのみに見えます。苦しんでおられる方々の苦しみを幾分でも軽くしようというのが私の2月からの試みです。掲示板も用意しておりますので疑問点があればどんどん書込んで頂ければ幸いです。
hbar
2008/05/05 10:03
Hbarさんは、こうやってブログも運営でき、コミュニケーションもできる能力を持っておられます。

でも、自閉症の子どもは皆が高機能ではありません。だから、Hbarさんの経験だけを元に全体を語り、ABAを批判するのは無理があります。

なお、私もABAを万能だとは思っておりません。相手の心を推し量ることは、ABAでは教えられませんし。

これ以上の書き込みは、双方のスタンスが異なることが明らかなことから、やめておきます。
はじめ
2008/05/05 13:19
中々噛合いませんねぇ。
私はABAそのものを悪いと言っておりません。無垢な発達障害児に適用すると、それを運用する人間が犯す間違いを指摘したいのみです。人間ですから一生を1人の人間が担当しても不具合を起すと考えます。運用者を問題にしています。治験に携わっていれば肯定し辛いでしょうね。運用が難しいのみです。
hbar
2008/05/05 14:51
応用行動分析学に対する理解も不十分と思われますし、人の幸福に対する考え方にも疑問を感じます。子どもを大人の意のままにしつけようとするのは、この理論を知る知らないに限らず皆さんやっておられることです。
大事なことはきめ細かく子どもの行動を観察し、自閉症児・者の特殊な認知世界の中で彼らがどう物事を認識しているのかを熟慮した上で、いかにこの現実社会で自己実現していくかの選択肢を広げることだと考えています。お釈迦様の論理は意味がありません。
心からのお願いなのですが、一般的な良識だけで自閉症児・者の幸福を語らないで頂きたいと思います。
しろくじら
2010/05/13 08:09
しろくじらさんようこそ。
この記事を書いて2年の歳月が経ってしまいました。私は初学者ですから、この記事を書いた時から見れば、2年間の間に随分と考え方は進化しています。
現在の私の受止め様では、自閉症は従来型のホモサピエンスとは一線を画している存在のように思っております。詰り、種が異なると考えるべきであると考えております。
ABAは従来型のホモサピエンス流のメソッドであり、少なくとも自閉症には馴染みません。ホモサピエンスの生活様式に強制的に合わせるべく実行しているのみでしょう。
自閉症は非常にテンポ遅く、様々な事象をデータベース化して、ある突然、1つの分野について卓越した理論構築に繋げます。60才位の自閉症者は例え知的障害者であったとしても、普通の社会生活を送れるようになります。インプットしたデータベースが素粒子論であればアインシュタインになり、半導体のアルゴリズムであればビルゲイツになる訳です。
hbar
2010/05/13 23:44
私自身、幼少時はボーとした子供でした。しかし、周りの大人のお陰で囲碁に習熟がでは、そのお陰である日突然勉強の理解が進みました。長年に亘って周囲の大人から今のABA分析とは正反対な意味のない情報が投げ込まれ、それが成熟してデータベースが構築されたものと考えられます。現在の私は無数のデータベース構築に成功し、様々な事象に対応できる様に成長しています。
テーたベース構築に当っては、エレメントは無視し、兎に角投げ込んで行く事が大切です。知らず知らずの内に夫々のエレメントがリレーショナル結合をしてぼんやりしていたエレメントがその結合する事によって鮮明になるのです。
そういう自己生成によるデータベース構築が自閉症者の頭の働きなのです。それに1番仇名すものがABAと言えましょう。
hbar
2010/05/14 00:06

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