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zoom RSS 何時になったら金融は目覚めるのか

<<   作成日時 : 2008/05/24 11:49   >>

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厭債害債さんは金融機関が円建てであっても証券化している債権が金融機関に紛れ込んでいるのかを懸念する。
金融が持つ最大の役割は融資業務であろう。
しかし、信用の置けない相手に貸さないと言うのが日本の金融機関だ。
何の為に金利を取るのかという疑問に、金融機関の姿は自己否定しているように見えて仕方が無い。
融資申請をしてきた相手を値踏みしてその相手に対する金利を決めるのがプロとしての姿ではないか。
相手の値踏みは相手が融資した資金をどう運用して利殖し、回収の安全を保全するかで無く、相手が如何にその融資資金が無くとも収益を上げているか、そしてそういう収益を上げている人を保証人として持ってくるか、若しくは返済不能となった時に差押さえるべき資産を担保として差出せるかしかしていない。
これであれば、人は要らない。
金融庁は免許を交付するのに融資するに足るだけの資金を確保している人であればして良いわけだ。
しかし、既得権益を守る為に金融庁は人の役割も指定してくる。
そして金融機関はみてくれの信用力があるかに見えるMBSを大きく購入して投資信託に組込んでいる。
そこを厭債害債さんは心配している訳だ。
米国と言う20世紀前半に栄えた伝説だけ鵜呑みにして債権を買い続ける金融。
これでは今、私が大声で紹介し続けている自閉症と同じではないか。
金融機関は自閉症なのか。
自閉症で無いなら、目前の融資希望者に対してその脳で起こっている事を見抜けなければならない。
健全な人間として生れてきたのであれば、眼窩前頭皮質は目前の融資希望者の眼窩前頭皮質を通じて真偽が見抜ける事ができる能力を与えられている。
現在の金融は自身が健康人である事を拒否し、他国の文書を信用して眼前の人間を信用していない。
作家石原慎太郎都知事が新東京銀行を立ち上げねばならなかった訳だ。
恥を知らねばならない銀行は。
そして、時代を読み、これから来るべき金融業の本質を再定義しなければならない。
公務員制度も然りである。
連日のマスコミによる報道は真面目な社会保険庁や国土広通省に勤務している人々の顔が痛いに違いない。
これは公務員の役割が20世紀とは異なると考え、その役割を金融と同じく再定義を要すると言う事だ。
何れも真似をしていれば済むという体質から生れているだけの事だ。
そこをよく考え、自身を考え直して頂きたい。
金融マンよ公務員よ、貴方達は自閉症者なのか。
自閉症者の痛みを分っているのかと叫びたい。
厭債害債さんのボソッと言った独り言がここまで言わせるとは筆者も思いもしなかった。

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