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講演では子供が抱えている事柄、詰り子供は自分にある「医学的名称」に困っているので無く、自分が思うように行かない事、周囲から期待されている事が適わず、巧く出来ない事に「困っている」ので、その意思伝達に「学校」という場が選ばれる事が多く、学校は子供の「社会」であるという事実に困っているという事だ。 こういう風に言われるが、些か違っているように感じる。 医学的名称に困る訳は無いのは当然だが、思うように行かないというのは思うがあっての事だ。 主体的に思う事事態、中々難しい。 要するに動機という事だ。 動機が持てるという事を考えてみよう。 健常人であれば五感から情報が入ってきて、過去のデータから気持にピタリと合うものを取出して、それが偏桃体を興奮させて視床下部を刺激してドーパミンが前頭葉に溢れ、やる気がでる。 所が、自閉症者の場合過去のデータは大脳に長期増幅回路として保存している事のみだから、中々合致したものは出てこないのが普通だ。 従って、ドーパミンも出辛く、五感の情報は動機に繋がり難いという訳だ。 そういう訳で、自閉症者が意欲的に見えるのは例えば保護者が繰返して要望して、それが長期増幅回路として刷込まれているものを動機と思い込んで行動し勝ちだ。 結果的に保護者の希望通りが自閉症児の望みと勘違いされる訳だ。 周囲の期待と自身の熱望が同一ではなく、所謂良い子が多いのもそのせいだろう。 巧くいかずに困っているというのは、親の期待に応えられないというだけだ。 詰りは、周囲の過干渉が問題という訳だ。 もう1つの問題は社会との関りだ。 様々な子供と出会う学校という存在は良いだろう。 しかし、出会った他の子供達との関係性が築けないという自閉児特有の症状を持つ。 1番のお勧めは、母親が安全地帯と認識する事だ。 母親が安全地帯であって初めて人間という存在に安心感を持つ自身の中にモデリング可能となる。 その不動のモデリングがあってこそ他者が母親と相似性を認める事ができる。 他者に不安を抱かない自身の存在が確立できるという訳だ。 健常者であれば、目の前に居る他者の眼窩前頭皮質から自身の眼窩前頭皮質がその脳がどう考えているか読取るが、自閉児は読めない。 真の問題は社会以前に安心感の取得に他ならない。 それを不精しない事が保護者に求められ、それなしで学校に何を求めても得られない事を知ろう。 |
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広汎性発達障害(自閉症・アスペルガー症候群)
日曜日にこれに対する理解と支援という講演会が誘ってくれる人が居たので行った。 ...続きを見る |
よく考えよう 2008/06/20 18:44 |
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