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zoom RSS コミュニケーションの障害(相手との相互的な意思疎通をはかることが困難)

<<   作成日時 : 2008/06/29 09:30   >>

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意思疎通を取る程難しいものは無いというのが実感だ。

健常者にしてそうだろうと考える。
自身の意図したことを伝える事の難しさは誰しも経験する事だ。
健常者の場合、以心伝心というツールを持っている。
相手の目を見、表情を慮る事によって相手が何を望みそして考えているかが薄っすらとでも理解できるからだ。
何時も会っている人同士なら、薄っすらでなく具体的にお茶が飲みたいか否かさえも分る。


これが自閉症者には全く読めない。
初対面の人と逢って目を見ると恐怖心さえ沸くのだ。
赤ちゃんが初対面の人と逢って大泣きをしてしまう子がよく居る。
この仕組も後で出てくる「社会性を象る脳の仕組」で詳述する。


言葉の問題も大きい。
音の寄り集まりが言葉なのだが、記憶する基を創ることの難しい自閉症者にとって言葉の識別はこの上なく難しい作業だ。
音声は内耳にある聴覚受容体細胞によって周波数毎の電気信号に変換されて第一次聴覚野に送られる。
これでは聞えているだけで雑音にしか過ぎない。

この電気信号を母親の心音とか声という記憶によって分類して、上部聴覚野において意味情報に変換される。
意味情報の最終変換形が聴覚だけでなく他の感覚器官からの電気信号も言葉なのだ。
この変換に必要な記憶を持ち辛く、持つ為に繰り返しで持つのが自閉症者だ。
それで何を覚えるのも繰返して、様々な必要情報を自身のものにしている。

コミュニケーションをするには言葉を理解し、相手の言外の表現を読み取って始めて受取り、そして相手に分る言葉で伝える必要がある。
自閉症者にコミュニケーションが不得手なのは理解できたと考える。


コミュニケーションを自由に操っているかに見える自閉症者も居る。
これは長年における繰返しによる習熟や人生における様々な技能修得によるものと考える。
しかし、ラテン語に源を持つ英・仏・独語の修得は自閉症者には困難だ。
同じ発音で様々な意味を持つこれにの言語は、日本語のような表意文字と違い、その表出する意味情報が判別し辛いのだ。
自閉症者が西欧で先に問題とされ後追いで日本でも問題となったのはそのせいなのだろう。


昔の日本は高機能自閉症者が市民権を得ていたようにも思える。
運・鈍・根という言葉は雅に高機能自閉症の為にある言葉のようにも聞える。


療育に昔の知恵を活用すると共に西洋化による弊害を改めて考えるべきであろう。

そこに療育及び自閉症者の生き易い社会構築のヒントが隠されている。

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