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俺ルールと言うと非常に身勝手なように聞えるが、健常者と比べて脳の働きが制限されている中、必死で自由に使える健常者が造る社会に適合すべく作られたものに他ならない。 詰り、俺ルールは社会への適応している証でもある。 筆者も自身が50才を過ぎた頃、偶々逢った療育支援者に対して自閉症と思っていなかった時に、「何をしても自身がステージを用意して、その中で行う」と言っていた。 自身がステージを用意すると言う事は俺ルールで行う事に他ならない。 只、50才を過ぎた頃には作れるステージは数百を越えていたように思う。 健常人であれば誰と会っても互いの眼窩前頭皮質で情報交換しあってその場の意思決定を行えますが、知らなかったとは言え自閉症であった自身にとって人と逢う前にその人と意思疎通するのに丁度良いステージを用意してお互いの想定問答も決めておくわけだ。 非常に複雑な俺ルールという訳だ。 そういう俺ルールを30才位から使い始めたように思う。 30才前から父親のやっていた隠居商売を父が寝込んだ事を契機に1人息子として継いだ事が始まりであった。 隠居商売だから従業員は居ないが、お客様は居る。 自動車の免許も苦労して、普通は一発で通る所を3回目で取った。 今から思えば、未だ通るには早かったのではなかったかと回想する。 新車下ろして3日と電柱や塀で擦って修理していて、私1人の修理費だけで1千万は下らなかったのではなかろうか。 免許とって早々に追突事故もやってしまった。 違反や何かでこれも1千万は出したと思う。 しかし、ステージ作りが上達して2年間新規顧客が作れなかったが、2年後からは大口がどんどん増えて、売上高及び利益も躍進した。 最盛期には月商5百万のユーザーが2件、それ以外にも百万を超えるユーザーが4件と外見には人も羨む商いになり、修繕費や反則金等は軽く払え、新車もどんどん買い換えられた訳だ。 それでも1対1のステージは築けなかった。 見合いも数知れずしたが、結婚できず、従業員が来ては辞めの連続で商売もその費用倒れで廃業やむなきに至った。 良いご縁で、支えがあれば続いていたかも知れなかったのだが悔やんでも始まらない。 ステージを作る基礎は俺ルールだ。 障害児にとって最良の俺ルールが作れるように保護者並びに支援者は応援して頂きたい。 |
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障害児を持った保護者は何をしなければならないか
今日からいよいよ第2部に入り、障害者を持つ事になった保護者の問題を考察していきたい。 何の障害でもそうだが、お腹に赤ちゃんが居る時は「どんな子なんだろう」と希望に胸を膨らませている。 しかし、生れ落ちた時に盲や聾になった子供であった時に愕然とする。 「何で私だけが」という気持に苛まれるのは当然であろう。 大多数の赤ちゃんは健康で生れ、赤ちゃんが居る事で大変ではあるが笑いや喜びに包まれた家庭生活が約束される。 そうして、思いも掛けない様々なトラブルも起すが順調に育ち、やがて親離れを... ...続きを見る |
よく考えよう 2008/07/26 10:20 |
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