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俺ルールは縁に添って必ずできる。 それは自閉症者にとって社会との接点であり、社会との折合を付ける為に必須であるからだ。 縁における最大のものは保護者に他ならないのであるから、出来てしまった俺ルールに対して勝手過ぎると言うのは自身に唾を吐く行為であると知ろう。 自閉症の子供を持つ時に気質を変える為に学ぶ事を奨める訳だ。 保護者と支援者が共に俺ルールが出来る事を知らずにそれが出来た場合、その分析をお勧めしたい。 何か教えるにしても、俺ルールを基にして学ばせれば身に付き易いすらだ。 その分析はそれまで関わってきた事全ての洗い出しから始まる。 拘って来た事全てに対応するものの絶対公約数を洗い出してみる事をお奨めする。 それは支援者と保護者の共同作業となるだろう。 困難な作業だが根気よく努力すれば輝かしい成果が待っていると信じる。 割出した定数かされた俺ルールはそれからの療育の基礎となるはずだ。 俺ルールは自閉症者自身の努力で大脳に書込まれたものに異ならない。 それはコピーと異なってどんどん増殖させる基なのだ。 それを変わり者扱いして違うものを、例えば応用行動分析等の手法を使って覚えさせようとしているのが今の療育スタイルと断罪したい。 宝物を屑扱いして、折角出来た宝物を自閉症者は本心ではやりたくない療育に立向わせている現在の支援体制が成人自閉症者の閉塞感を募り、やり場の無い状況へ導いている。 今1度言う。 自閉症者の歩みは遅いけれども縁に沿って成長し続けている。 保護者と支援者のできる事は教育ではなく、縁を与える事のみと知ろう。 その与えるべき縁を自閉症児に認識させる事が療育の本質であり、何も教えてはいけないのだ。 健常者は間違いを教えても、小脳が誤差信号を感知して間違いを封じてくれる。 自閉症者はそれができないので結果的に支援者や保護者の間違いが丁度インフルエンザウィルスのように中枢神経に悪さをするという訳だ。 心しなければならない。 出来上がった俺ルールは大切にして、それを理解するようにしよう。 そうしてそれに付け足していけるものを縁として用意しよう。 辛抱強く療育していればその俺ルールが核となって増殖し、やがて法則化エンジンを備えるようになるだろう。 |
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障害児を持った保護者は何をしなければならないか
今日からいよいよ第2部に入り、障害者を持つ事になった保護者の問題を考察していきたい。 何の障害でもそうだが、お腹に赤ちゃんが居る時は「どんな子なんだろう」と希望に胸を膨らませている。 しかし、生れ落ちた時に盲や聾になった子供であった時に愕然とする。 「何で私だけが」という気持に苛まれるのは当然であろう。 大多数の赤ちゃんは健康で生れ、赤ちゃんが居る事で大変ではあるが笑いや喜びに包まれた家庭生活が約束される。 そうして、思いも掛けない様々なトラブルも起すが順調に育ち、やがて親離れを... ...続きを見る |
よく考えよう 2008/07/27 08:25 |
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