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上野駅の改札を出て、駅員さんに聞いた通りに高架を潜り抜け左折して線路沿いに150m程先にアメ横センタービルがあるので、それを目指して歩を進める。 道が左右に分かれているので右の道を選んだ。 この街は終戦直後に太平洋戦争の復員兵が米国の払い下げ品を安く売る闇市として誕生している。 「アメ横」の名前は米兵からの払い下げが多かった事もあるが、飴屋さんが多かったようだ。 戦後の統制経済に苦しむ東京を下支えした街である事は違いない。 統制が外され、スーパー・百貨店の隆盛もあり、アメ横の地盤沈下は免れない。 現在の安売りの目玉は衣食住から離れて携帯電話を筆頭とするデジタル家電になってしまっている。 日用品も業務スーパーや百円ショップが顕れ、必然的にアメ横の姿は他の商店街と同じくその姿を変えようとしているには違いない。 アメ横の商法は昨年暮れに行った築地場外と異なり、叩き売りが代表選手であろう。 田舎者丸出しの私は所持金制限があるにも拘らず、まんまと引っ掛かり、思わぬ出費がかさんでしまった。 先ず最初に引っ掛ったのは珍味屋だ。 通りかかった時に他の客に4袋千円と言っていた。 愚図っている客に4と言っていたのを5、6と吊り上げている。 まるでバナナの叩き売りだ。 通り過ぎながら見ている私に目を点け、更に7、8と袋の数を吊り上げてくる。 最後に「ええい、おまけだ」と言って9袋目を追加して来るではないか。 とうとう負けて、買ってしまった。 しかし、その内の3袋は東京での副食として食べ、後副食として業務スーパーで買ったのは2袋220円のウィンナー2束のみであったから買得ではあったろう。 次に目が止まったのは6,000円の値段表示しているたらこだった。 30才位の店員が目敏く、「3,000円にしとくよ」に、「持って帰れんからなぁ」と言う。 「1日位大丈夫」との声に「今日来た所で7日まで居るからなぁ」と言えば「お客さん何処から」に「松山」と答えた。 店員は「坂の上の雲読みました。あれ面白いですねぇ。」に、「面白いね」と答える。 「明太も付けるから送ったら。それにカップ入りのいくらも付けて」と言い出す始末に負けた。 同じ店で鮪を売っていた親父が声を掛けてきて、「トロも半値にするよ」との声に「う〜ん」と煮え切らない私。 「じゃあ赤みのこれも付けて」と言うのに頷いてしまった。 結果運賃込みで7,000円という勘定だ。 何時もの生活では安いものしか買わない私に「たらこ」「トロ」を買って来ない私に「買うてこん」と言う母の顔に負けた格好だったが、アメ横ならではの贅沢になった次第だ。 その他は母の長袖体操服が上着1着300円だったので2着買った。 乾物屋さんも多くあったが、市価の2〜3割安い位であろうか。 筑地と同様に全国の旬が並んでいる。 値札を見る限りでは飛びぬけて安いと言うものでも無い。 2〜3割安いというのが実感だ。 筑地と同様時間を見つけて回りたい街ではある。 歩いている内に上野御徒町に着き、秋葉原まで歩いていく事にした。 しかし、今回の上京では秋葉原は行く積りなかったので、情報収集を何もしていなかったので、折角の宝の山が全く通り過ぎるだけになってしまい、残念だ。 あの惨劇の献花台は取払われ、歩行者天国も無い秋葉原の駅でJRに乗ったのは午後6時前であった。 |
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東京1日目
長い夏休みであった。 何しろ、7月30日から8月8日までの10日間の長きに亘った。 ...続きを見る |
よく考えよう 2008/08/22 12:43 |
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