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zoom RSS 学会で大合唱となったインクルージョンについて

<<   作成日時 : 2008/08/27 10:47   >>

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ソーシャルインクルージョンは、「全ての人々を孤独や孤立、排除や摩擦から援護し、健康で文化的な生活の実現につなげるよう、社会の構成員として包み支え合う」という理念だ。

詰り、障害者と言う弱者に対して社会全体がどう立向うのかという為に国際社会が唱えた理念だ。
これは雅に、修行者のみが得られる事を乗越え、全ての人が救われるとした大乗仏教の理念と一致する。

大乗仏教は紀元直後に維摩経・般若経の成立を経て、華厳経によって成立した仏教哲学に他ならない。
華厳経は長く難解であるので、それを回避すべく法華経・密教・浄土教によって全ての人が帰依できるものとなる。

結果として、日本の葬式仏教の殆どは法華経を奉じる日蓮宗、密教を奉じる真言宗、浄土教を奉じる浄土2宗で占められている。
これに対してその哲学の完成をみた華厳経を奉じた華厳宗は本尊である東大寺大仏殿の盧舎那仏は日本で最大の参拝者を集めているが、信徒数は千人は越えているものの5千人には満たない。
教学そのものはインクルージョンを実践する内容であるが、信徒数の少なさに哲学の力が弱いと言う実証であろう。

他の経典に見られる特徴は、経典の長さが短縮されていて、韻律の響きに工夫が為されている点が大きい。
これは現代社会においてコマーシャル技術の基本と言えよう。
そのテクニックにおいて、日蓮宗・真言宗・浄土2宗が圧倒的多数の信者を獲得し、現代まで東洋哲学の火を燈しつづけた功績が大きい。
しかし、大衆迎合が大きく、そのせいで他を非難排除する傾向を否めず、折角の東洋哲学が教育現場から除外されているのは社会損失と言う他無い。


釈迦は一切の苦しみは煩悩に対する執着から生まれると説いた。
宗派の繁栄と言う煩悩に帰依するという執着は一番の始祖たる釈迦の教えに背くと考える。
仏教の抱える今日的課題は釈迦のそういった主張にどう答えるかではなかろうか。


宗派・教団の廃止を考え、その数千年のフィルターを渡って来た仏教哲学の真髄を日本固有の哲学として掲げるべきではなかろうか。
詰り、葬式仏教からの脱却であり、宗派という殻を破るべきであろう。


それでこそ人を救おうとする菩薩道が生かされ、その力を持った仏を理想とする哲学に繋がると考える。
それこそが真のソーシャルインクルージョンへの第1歩ではなかろうか。
この試みには予算は要らない。


今、福祉において問題となっているのは施行する為の予算であり、それに群る利権集団に他ならない。
民の為に働かなければならない厚労省及びその下部組織である社会保険庁の退廃ぶりには目を覆いたくなる。


これは明治になって廃仏毀釈が実行されて、武士道の根幹であった菩薩道が廃れたせいと考える。
それまでの日本は共に助け合う共生社会でもあった。
共生でなければ生きていけない貧困が底流にあったが、共生を支える仏教哲学を否定する者はいないだろう。
そうして成功の3条件としての運・鈍・根の後の2つは自閉症者の特質そのものではないか。


ソーシャルインクルージョンを実現すべく仏教哲学を見直そうではないか。

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