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9月5日から王座戦5番勝負が始まる。 私は将棋はちょぼちょぼなので、指し手についてはものの言い様は無い。 今回の王座戦の挑戦者は羽生さんより2つ年下の木村8段と言う。 囲碁界の事でさえ最近の事情には詳しくないので、将棋界の事になるとなおさらだ。 以前、脳科学者茂木健一郎さんがプロデュースするNHKプロフェッショナル仕事の流儀で羽生さんが玲瓏という言葉を使ったと書いた。 私が何故その言葉に拘るかを述べたい。 その意味は、日本人に1番分り易い言葉で表現すると浦島太郎の行ったと言う竜宮城のイメージだ。 もう少し、縁を離れると西方極楽浄土を思い浮かべられたい。 要するに理想とする所を表現したものが玲瓏だ。 あの時に敗れた森内永世名人の言葉は無であった。 無の境地と言うのは日本人お好みの言葉だ。 しかし、好きなだけで真に無の境地になろうと考える人は殆ど居ない。 これはトップのみが知る言葉に他ならないからだ。 競争相手は自分自身となって初めて、無という言葉が意味を持つ。 羽生さんの玲瓏という言葉にはその無からの延長線を感じる。 自分自身が無であると自覚した後に出てくる光り輝く1歩手前の自身の姿が玲瓏ではなかろうか。 この言葉をじっくり噛締めたい。 私自身が目指している世界が玲瓏と言う事だ。 |
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