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zoom RSS 何の為に赤字国債の発行が行われるか

<<   作成日時 : 2008/10/01 14:11   >>

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[財政再建] ブログ村キーワード
公債発行額の推移は三木武夫内閣の昭和50年から平成19年迄が紹介されている。
昨日の記述から見ると、その以前は赤字公債がなかった。
少し財務省の赤字公債当り前論が見え隠れするようで腹立たしい。

三木派と言うのは、最小派閥だったから三木内閣の実質は福田内閣と言っても良いだろう。
前年金脈事件を疑われた田中角栄元首相を倒閣してできた内閣であったから仕方は無い。
赤字国債の黒幕は福田赳夫だった訳だ。
彼が政界に登場してこなければ日本に赤字国債が登場したかどうかでもある。

赤字国債を発行し出したのは昭和46年にドルショックが起こり、次いで昭和48年にオイルショックが重なった事に拠る産業界からの財政出動要請があった為だが、これが池田勇人元首相であれば絶対にしていなかった。

グラフが登場した昭和50年は博多新幹線が開通や第1回サミットの開催された年であって、日本のメカトロニクスが世界へ発信して成果を上げ始める年であったが、再び登場した赤字国債をバブル景気が顕在化する迄発行し続けた付けがバブル経済構築の一方の主役だった。

平成元年末には東証1部日経平均が史上最高値38,915円を記録するも、翌年大蔵省総量規制通達が影響して株式相場の崩落が始まる。
税収の伸びは衰えたものの財政は潤い続けたが、平成4年になり突然の政変もあったが財政健全化路線を継承している。

平成6年村山富市率いる社会党を取込んだ自社連立政権が発足して、折角続いた健全財政路線を崩し赤字公債発行に踏切っている。
一度切った堰は止らない。
小渕内閣が決めた発行が最大の山を迎え、その後世代の償還財源確保に廻されている。

小泉内閣になっても公約の30兆円になったのは2年目の年になってであり、最後の年になって切っている。

それ以降の財政における公債依存度が減少傾向になったのは小泉改革の成果と言わねばなるまい。


果たして、麻生・小沢両党首が所信表明演説と代表質問を行ったが、再び上昇傾向にならねば良いがと気を揉む。

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