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zoom RSS 異なるカルチャーを受入、それを自身のものにした要因

<<   作成日時 : 2009/02/22 17:25   >>

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日本人ほど貪欲にカルチャーの悪食は無い。
高度成長時代に良く言われていたが、「日本には独創力が無い。真似をして改良するのが上手なだけだ。」と揶揄したものだ。

それは旧石器時代からその通ではある。
古代においては異国から日本に辿り着いた人々の持つ先進的な文明を土着させた。
土器・稲作・仏教悉くであった。
そうして万葉の文化が花開いたと言えよう。

兎に角、真似の上に真似を重ねた。
殊に政治体制を確立する為に儒教・仏教の勉学が為された。
平城京に続き平安京と唐の長安を小規模ながらも模写したような都と律令国家を造った。

仏教は曽我氏の保護のもと朝鮮半島から招来し、平城京では南都6宗が栄えた。
革命が起きたのは天才空海によって齎された。
真言密教の開花だ。

同じ舟で度唐した最長は比叡山延暦寺を開山した。
この山が鎌倉仏教の開花を育む培養土となったのは、最澄が余に多くの経典を持ち帰ったが、それを読み解くのに4百年の歳月を要したと言う事だろうか。

鎌倉仏教は浄土宗・臨済宗・浄土真宗・曹洞宗・日蓮宗と大乗仏教を当時の戦乱打ち続く大衆に信仰を目覚めさせた。
それは旧来からの真言宗や天台宗の真の大乗化へと向かわせた。
この原動力となったのは平安貴族の持つ荘園が新興武士に取って代られ、それまでの信者の没落が主な原因と考えられる。
何れにせよ、世の変動は経済変動が大きな要因と言える。

室町に入ると、宋における5山文化が真似られ、室町における日本の5山文化が花開いた。
この時代に侘びや寂の形式が整ったと言えよう。
又、書院造り等の現在建築の基礎ができたのもこの時代だ。

宋の滅亡により銭としての値打ちが無くなった宋銭や明銭が大量に輸入され、商業資本の蓄積の始まり、3方皆良しと言う近江商人の商人道が確立したのもこの時代だ。
村々は惣村が構築され、様々な諸文化が日本のものとして定着した。

明が滅亡すると、朱子学者や陽明学者が日本に亡命してきて、朱子学が幕府の政治を支える基盤となる。
仏教は成熟し、朱子学と共に江戸後期には心学が流行ったものだ。
それが武士道へと結晶化したものだ。

鎖国はしていたものの、朝鮮・清・オランダから長崎出島を通じて世界先進文化は入ってきていた。
和算・暦学・天文学等は鎖国にも関らず日本の学術レベルは世界最高峰であった。

明治となり、富国強兵・殖産興業の掛声と共に西欧文明が一斉に入ってきた。
この成功の要因は江戸時代における日本の知的水準の高さに拠ると考えてよい。

総じて、この日本が悪食と言われる程に文化を吸収できた要因はその地勢にある。
先ず、世界の最先進国の中国が隣国にあり、中々軍隊が攻め入る事のできない黄海を挟んでいる事で独立を保てた事が大きな要因であろう。
異文化を取入れ、それを自身のものとする数百年の時間を持てた幸運が千五百年続いている。

これが現在、和食やアニメ等日本文化が重宝される最大の所以だ。


この日本に生れてきた事に感謝しなければならない。

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