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zoom RSS 特別支援教育への提言

<<   作成日時 : 2009/05/29 07:10   >>

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特別支援教育が制度として始まって3年目を迎えた。この2年余りの現場の先生方及び特別支援コーディネーターの方々の苦吟は様々なブログを見させて頂き痛いように良く分る。自閉症脳機能障害によるとしただけで決定的な原因不明の侭、羅針盤なくして荒海に放り出された如くの現場における苦難は如何許りかと推察する。

この所、試行錯誤の末に新たな試みが幾つか散見する。それは未分離教育への回帰であり、音楽に対する有効性に対するものだ。知的障害者を含む自閉症者は自らのペースで自らが社会性を獲得し、自らを包み込む全ての環境に適応しようとしている。それは、全ての教育が困難な知的障害者がある一定年齢になれば結婚もし、親戚や近所付合いを普通にこなしているのを見ても分る。

これは、教育者及び行政の誤った教育に対する痛烈な批判であろう事は想像に難くない。現在の教育メソッドそのものが問われている大きな現実でもあろう。人として生存できている以上、その持てる機能を悉く使って自らを取り巻く環境に適応しようとしているものが人間と言う存在に他ならない。

最近、未分離教育への見直しが提唱されている論文を多々見うけるように感じている。その方向性は正しいし、現在養護学校等で隔離されて教育を受けている人々にも未分離教育は享受させるべきというのが持論である。無論、普通学級の如く30人に1人の教員と言う訳にはいかない。それは世紀を跨ぐ以前に頻発した学級崩壊を防ぐ意味からも考えなければならない。

何故、突然多動が起きるのかと言えば、その環境に馴染めないという事が最大の要因であろうと推察する。このブログを読んで頂いている方には既に常識となっている事と思うが、小脳のメモリ不足が原因で様々な学習障害やADHDを誘発していると考えられる。それらの児童に対して分離すべきと言うのがこれまでの特別支援教育のあり方でもあった。

もう1つ考えなければならないのは、普通児童に対しても現在の知識偏重の考え方で良いのかと言う議論だ。様々な科目を教え、それを基礎に次の高等教育に結び付けようとする試みは一見正しそうに見えるが、間違いである事に気付かねばならない。学校へ行き、朝弁を食べて眠ってばかりいる子供は昔から居るが、それは興味の湧かない授業に対しての反抗に他ならないと言えるだろう。

それと、未だ考えねばならない事は、現在までの教育システムではこれからの産業社会で通用しないと言う社会的要請がある事を忘れてはならない。詰り、現行の学校学習指導要領による均一教育こそが槍玉に上がっているにも係らず、それを無理強いする文部省及びそれを実施する為の監督機関である教育委員会によって無理やりやらされている事が現実であり、それこそが最大の未分離教育への障壁である。

未分離教育が何故良いかと言う最大の理由は、自らの心に素直に生きている子供達の背中が見えると言う現実だ。詰り、このブログでは支援者や保護者が環境に徹するべきだと述べてきたが、最も良い環境は自らの心に素直に生きている子供に他ならないのであって、保護者や支援者は幾ら沈黙する環境に徹しようと考えても、既に保護しようと言う心の傾斜を持っていて、真に自由に羽ばたく魂のお手本とはならない。

そこに未分離教育の可能性が開けているように感じる。

それに対して適合する学校学習指導要領に着いては次の課題として残しておく。

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