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zoom RSS 日本と韓半島の地勢

<<   作成日時 : 2009/07/09 12:05   >>

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ここソウルに居を構えて70日が過ぎようとしている。

このソウルが持つ空気はわが故郷松山と非常に良く似ているのに驚く。詰り、ソウルと言うのは実質的に見れば中国と言う大帝国の片田舎として築城された漢城を基礎に持ち、真の国家としての自覚を持ち始めたのがこの3〜40年位前からと思われる。

それ以前は、清朝に冊封され日本によってその冊封を解かれたのも束の間、日韓併合へと歴史が流れ、日本が敗戦した後東西両陣営による綱引きの場として存在し、休戦協定が結ばれてから暫く軍事政権が続き、大統領が変る毎に前政権のあら捜しをやって、前政権大統領は司直によって獄に繋がれると言う歴史を持っている。

そう言う時代を経て、ソウル市民は始めて味わう市民生活を満喫している。街には公園も多く、歩道は一車線半位はあるので年齢や性差を問わない手を繋ぐカップルの姿には、丁度本年大河ドラマ化する「坂の上の雲」に出てくる東京の姿とダブり微笑ましい限りだ。わルとアナログの交じりあったレトロな雰囲気を醸している。

そういう空気を感じながらわが日本とこの韓半島位特異な存在は無いと考える。

それはすぐ隣に大国中国があり、お互い温帯に属して暮し向きが良く、両国共に隣の帝国から逃れてくる避難民の受け皿となり、その流入によって古代における文明の発展と経済力の向上に伴う人口増加となっている。

日本と韓半島の違いは中国帝国と陸続きかそうでないかに負っている。それは、唐の時代には新羅が、唐が滅び四分五列した国を纏めた宋が建国されると高麗が、そうして元の時代を経て明が建国すると同時に李氏王朝が冊封されている事からも良く分る。李氏王朝は清国からも冊封を受け、5百年の長きに亘り韓半島を支配した。

一方、日本は大陸と黄海で隔てられていた為、天皇制の維持が千四百年の長き時代を維持し、その経済発展によって実質支配者が変るのみで、先進地である大陸から文明を輸入するものの政治的な干渉も受けず、培った文化は熟成に磨きが掛けられる事となった。

冊封を受けた韓半島はその見返りに当時の世界最高のカルチャーを享受し、江戸時代までは日本から先進地として憧れの対象であり、その現れが豊臣秀吉の朝鮮出兵へと繫がり、多くの陶工がわが国に連れ帰られた。それは現在の陶磁器文化の礎であり、日本文化の底流には韓半島に齎せたものは数知れないが、世界最古の株式会社の礎は聖徳太子が四天王寺建立の為に韓半島から呼寄せた宮大工が礎を為している。

何れにせよ、両国が中国難民の受け皿であった事は違いなく、その文化の発信地である中国ではその度重なる戦乱によって消失してしまい、中華人民共和国は日本に対しその保存された輸入文物の写しを求めている始末だ。他と異なる文化特性を互いに持つ両国が手を握り、共に手を取り合ってグローバルマーケットに対応する事こそ重要だ。

世界は中国・インドを軸に回転を始めようとしている。


その助走を真に助け得るのはその文明を受け、熟成させた両国のみではなかろうか。

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