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zoom RSS 自閉症と可愛げ

<<   作成日時 : 2009/07/11 22:30   >>

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何故、普通の人から見て自閉症の人が憎くなるのかというのは、その普通の人から見て同じ世界と受取って貰えないと言うのが最大の理由のようだ。普通の人に卵畑さんのようにああでも無い、こうでも無いという言葉を聞かされれば、直に「住む世界が違うんだ」と言う直感が働き、その人にとって可愛げ以前の状態になると考える。

私自身、これ迄の人生の殆どを自閉症と知らず生きてきた訳だが、全ての条件を合せれれば良いと考える事で20年も自営業を続けた経験がある。しかし、従業員との人間関係が巧く行かずポシャッてしまった。随分と色々な人に結果的に迷惑を掛けてしまったと反省しきりだ。

20年も巧く行っていたように感じていたのは、全てを理詰でN次元の事であればそのN個の条件を全て満たせば良いように考えていた。しかし、現実はそうは行かなかったのが現状として認めるしか無い。理詰で考えるから、抜けた所が無く可愛げが生まれないのが自閉症者の宿命ではある。だから、可愛げと言う言葉を大上段で振り翳しては健常者から可愛いと思われる事は無い。

「可愛い」という事を正面から考える時、ベビースマイルと言う圧倒的な可愛さを表現する言葉と向合わない訳にいかない。自閉症の赤ん坊はこのベビースマイルが出来ないので可愛くないのだ。ベビースマイルと言う言葉から連想されるように無邪気が可愛さの源泉に他ならない。その無邪気さが出来ない所に自閉症者の生き難さがある。健常者として生まれた赤ん坊は、生後直にベビースマイルになるのだが、自閉の赤ちゃんは恐怖の余り大泣きしてしまう場合が多い。その恐怖が出てくるのは偏桃体が主役なのだが帯状回の働きが鈍い事に原因があるようだ。その詳細はこれまでの記事を参照して欲しい。

要するに、自閉者の可愛げが無いというのは全てを理詰で考える所にあると考える。私も子供の時に苛められっ子だったが、全ての人に苛められていた訳ではなく、逆にその苛められている様を見て可哀想と思ってくれる人が仲良しであった。他にも親が様々に気を遣って仲良しになってた人も多く居たように思う。可哀想に思って友達になった人はワンワン泣く姿がその人にとって可愛げであり、苛める人は訳の分らなさが苛める動機で、その苛める行為そのものも関係を持とうという表れと今になって思う。自身に可愛げが欲しいのであれば何も考えない自然体が1番であろう。

その自然体と言われた時にN次元の関数を考えなければならないのが自閉症者であるから、そういう事を願うのが可愛げから遠ざける原因となっているように思う。あの良寛さんは遊女に随分好かれたようだ。その好かれた原因が全てに拘らない所にあったのだろうと考える。「色即是空、空即是色」と言う言葉は自閉症者の為にあるのかも知れない。

可愛げを持ちたければ何も考えないのが1番だろうと考える。そうまで考えて迄、可愛げは不要と考えるが如何。子供は受入れる人にとれば全て可愛いので、大人になってまで可愛げが欲しいと思わない方が良いように思う。
自閉症者の弱点は考えすぎる所にあると受止めて頂きたい。

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なぜ「可愛げがない」のか。(5)
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『自閉症』『アスペルガー症候群』を考える...
2009/07/12 10:01

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
赤ちゃんのベビースマイルと、大人になっての可愛げとはまた少し意味が違ってくるのではないでしょうか?
対人関係において、人から好かれやすいタイプだと思うのですが。
もちろん全ての人に好かれるのは無理ですが、
少なくとも相手を不快にはさせない少しの努力は必要だと思うのですが。
自分が気楽に生きるのは大事な事ですが、
周りの痛みに鈍感なのは悲しい事ではないですか?
障害ゆえ、それが難しい事は分かっています。
そして同じ自閉症でも、Hbarさん自身にとって効果のあった囲碁や仏教の世界が
他の自閉症皆に効果ある良いものとも思えません。
人間色んなタイプがいるように、
自閉症にも様々なタイプがいます。
そこを理解いただければ、Hbarさんにも分かっていただけると思います。
美香
2009/07/13 10:31
赤ん坊のベビースマイルはあくまで赤ちゃんのものであって、大人の可愛げと言うのは対人対応力とでも申しましょうか、「愛い奴」と認識させて対人的に可愛く感じさせえます。それを実行する大前提で自閉症の最大の短所であるシングルフォーカスが持てない事が対応力を殺いでいます。囲碁や仏教の良い所はその持ち辛い世界観を下支えしてくれる処にあります。私が58才まで健常者として突っ張ってこれたのはそのお陰でもあります。生き難さを解決してくれる大きなツールと言う事です。これ以上に効果があるものを獲得するには囲碁や仏教を獲得する以上に大変だと考えています。何を持つよりも効果的であり、ましてやABA等では到達出来ようも無く、徒労の結果2次障害に陥ると考えます。もっと突っ込んだ質問があればお受け致します。
Hbar
2009/07/13 18:29
囲碁で得た大きなツールとは、相手がどんな手をうってくるか、
またその先のゲーム展開を考える力が自閉症の役に立つと言う事ですか?
Hbarさんの記事は全て読みました。
ですが、中身と言うか具体的にどうなのかと言う部分において
非常に抽象的なので、せっかくの記事も分かり難いのです・・・。
コミュニケーションの障害の部分で、囲碁が役立つとの解釈で良いですか?
相手の出方や先を考えると言った点ならば、トランプ、4人麻雀、チェスもOKですか?
仏教世界ならば、キリスト教等の宗教もOKですか?
様々なタイプの健常者や自閉症者がいます。
性質、性格、物の捉え方、感じ方、解釈の仕方、みんな同じ人はいません。
そのため、全ての自閉症者に効果があるとは思えないのです。
そして、ABAを推奨している訳ではないですよ。
無理にABAを叩きこんで、二次障害を起こす危険性は慎重に考えるべき所ですよね。

検証結果を伝えるにあたって、個人のデータだけでは計れないので、
『個人差がある』『あくまで参考程度』と言うのが前提でのお話だと思いますが、いかがですか?
美香
2009/07/13 23:06
美香さんようこそ。
コメントでお答えできる範囲を超えていますので「高機能自閉症である私に世界観を与えた囲碁」「自閉症の心のあり方を導く仏教哲学」を何回かに分けて、少ない時間を縫って記事に纏めてお答えとします。囲碁・仏教に限らず全てを公開している訳ではありません。只、質問があれば自閉症者の生き難さを少しでも和らげたいと言う私の本心から質問に応えたいと存じます。本来であれば、その考えに至った経験や参考文献の参照を付けて論文として発表すべき事柄でしょうが、自閉症者の自己認識及びその他の人々への啓蒙活動の一環として考えた事を許される時間の中で書き綴っております。個人差はありますが、私の主張以外の所は環境から来るものと考えて良いと考えます。
Hbar
2009/07/14 09:52

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