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zoom RSS 平成の徳政令

<<   作成日時 : 2009/10/01 23:13   >>

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あの小泉フィーバーが吹き荒れる中、時代の寵児堀江隆文をも溝板選挙で勝抜いた兵、亀井静香郵政民営化見直し・金融担当大臣が平成の徳政令を実行すべく気焔を上げている。金融秩序が固まっている現代社会において経団連を始めとする経済界の反発が強いのを受けて他の大臣が浮き足立つのを尻目に益々鼻息が荒い。

徳政令は江戸時代までは既得権益者である武士階級保護の為に行われた。江戸時代までは穀物の収量はお天道様次第であって、人間は欲目なもので増収が続く積りで藩財政をやりくりするのだが、天災は容赦なく本財政を窮乏に陥れ、札差や両替商に翌年の収量を担保に多くの借入を為し、悪循環の繰り返しでもあった。

その侭では幕藩体制が潰れるので、急迫の度が過ぎた折に徳政令は強権によって施行され何とか幕藩体制を維持する最後の切札として徳政令が採用されている。尤も、金貸はそれを見越して金利を取っているのだから直に元の木阿弥になってしまう状態が繰返されて明治維新へと体制が変動した1因でもある。金貸の歴史は古く奈良時代に遡る。律令制度により地租を集める役人が米を銀に替えて備蓄したのが金融業の始まりだ。

技術革新に連れ、政治体制も変貌しそのに伴って金融の姿は変遷してきたが、明治になり欧化政策が取られてからその姿は固定され、殊に敗戦後は大蔵省主導による護送船団方式に守られた金融は本来の金貸の姿を失い硬直化した官僚制度のコピーとなってしまっている感があり、貸渋りや貸し剥しの目立つ業態に成下った。

江戸時代までは時代の変遷と共にその時代のニーズに合わせ7変化と言っても良い程変化してきた金融業であったものが明治以来固まってしまっているのはどうかならぬかと嘆息さえ出てくる。そこへ降って沸いたのが亀井大臣の平成徳政令に他ならない。常日頃護送船団方式で守られている姿を変えよと天から言われたかのようだ。

この問題に対して鳩山総理をはじめとする民主党議員は鳩が豆鉄砲を食らったような発言に終始しているのは与党として腹が括れていない証拠に見える。308議席も国民から付託された民主党議員であれば、もうすこし長い視野に立って行動して欲しいものだ。まあ、亀井郵政民営化・金融担当大臣と言うのは結果的に適任だったのかも知れない。

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