何故、自殺者が増え続けるのか

自殺者の増加は中川前財務・金融担当大臣の不祥事と無縁ではない。
あの酩酊状態が自殺に繋がると言う訳だ。
人間は生きている限り、希望を持ちそのきたるべき明日を目指して頑張る。
それを頓挫せしめるのは思考が停止するからに他ならない。

脳は自身の存在を肯定する為に働くように出来ている。
悲惨な状況に囲まれても、脳の働きが正常であれば人は希望を抱くように出来ている。
それが何の希望も無く、自らの死しか選択できなくなった状態は中川前大臣の姿と重なる。
異なるのは中川大臣が人為的に為されたのに対して、自殺者は目を閉ざす事しか教えられなかった所以だ。

元々、人は何か興味を引くものが現れるとドーパミンが黒質部から造成され脳全体に広がるものだ。
それが現代人は文科省によって学校学習指導要領によって、しなければならない事に対してドーパミンが生々しなくなっている。
詰り、嬉しくないものを努力するように仕付糸が張られている訳だ。

要するに犯人は文科省なのだ。
親も先生が言うからと言って子供を締め付ける。
先生も縦社会の中で締め付けられて、自身の信念に忠実で居られない。
詰りは、学校学習指導要領でがんじがらめなのだ。

元々教育者を志す人々は人間大好き人間だ。
しかし、それを官僚組織が締め付ける。
無論、家族の事を思わず自身の信念で生きれば首にならずとも昇進は出来ない。

人は目や耳や平衡感覚等の環境変化によって脳が働く構造を持っている。
しかし、学校学習指導要領はその働きを無力化させる。
その証拠に小学校一年生に勉強好きかと訊ねると、「好き」と言う返事が帰って来るのに対して、三年生以上になると「体育は好きだけど後は嫌い」と九割方の子供達から返事が帰ってくる。

脳の基本的性格からすると学びは楽しいものだ。
事実、大人になっても新しい事々を知るのは嬉しさが伴う。
その生体の自然なリズムを壊しているのが学校学習指導要領に他ならない。

結果として、新しい知識を吸収する意欲を削がれる訳だ。
人が苦境に立っていた時、自身の今までの環境から脱出する為の学びを忌避するように回路造成していると言う事だ。
結果として自殺しか行動できなくなる。
恋愛しても、生物としての本能よりも、自身の空想に振り回されるストーカーになってしまう。


雅に、中川前大臣があの恥ずべき記者会見とバチカン博物館での警鈴となった。
おぞましき限りだ。
中川前大臣も学校学習指導要領の被害者でもある。


教育改革こそが自殺者削減に為されるべき政策課題であろう。

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    Excerpt: ここでは過去記事を政策課題についてリンクする。 過去であるからと言っても、未だに新しい課題の多いのに気付かされる。 麻生・小沢両氏による政策課題実現に向けて努力して頂きたいものだ。 Weblog: よく考えよう racked: 2009-02-22 20:10