度胸と愛嬌

昔から日本では「男は度胸、女は愛嬌」と言われている。これは男は何事においても家庭を支えねばならず、引っ込み思案では家庭を経済的に支え得ないからだろう。競争社会において、前に踏み込む勇気が無ければ生存競争に勝てず、甲斐性無しの男として評価されざるを得ず、度胸の無い男は評価されない。

その男の度胸を後押するのが女の愛嬌と言うものであろう。男を頑張らせる為の愛嬌こそが求められている。戦後60年以上が経過した日本ではその両者共に埋没し、出てくるのは欲の皮が突っ張る醜い姿のみに見える。昨今の政治家を見ると、度胸も無ければ愛嬌も感じられず、支持しようにもその資質を感じ取れない。

昨日の党首討論で目立つのは、自身の言分と言い訳に終始する2人の姿に見える。多少鳩山党首の方が踏込みはあったと感じるが、度胸・愛嬌共に感じない。戦後政治家でも吉田茂を始めとして、池田隼人・佐藤栄作・田中角栄・大平正芳の歴代総理には度胸もあり国民から愛される愛嬌もあったように感じる。

最近では小泉純一郎元総理が圧倒的支持を得たのも、度胸と愛嬌併せ持っていたからに相違ない。中川昭一元財務・金融担当大臣はへべれけ会見をやって批判されたが、あれ位は容認すべきではないか。国民が大臣の資質に品行方正を求める所以に小ぶりな政治家のみが蔓延るようになり、官僚を使えないのかもしれない。

渡辺嘉美元行革相の1人で党を飛び出した勇気に国民は拍手喝采をした。真に国民が政治家に求めているのは度胸と愛嬌であろうと考える。真に政策を考えようとすれば、その基本には国民に対する愛情がなければならず、それがあれば自然と度胸と愛嬌を兼ね備えるのが人間だ。

手にした既得権益を守る事に汲々としている姿に度胸と愛嬌は着いて来ず、そこには姑息な保身の姿しか見えない。国民の政治離れが言われて久しいが、真に国民を愛する政治家を生出す土壌を創出する制度構築こそ政治学を専門とする学者が研究すべきではないのか。


そう言う声が聞こえず、品行方正のみが言われる今日の姿が政治的貧困を生んでいる。

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この記事へのコメント

2009年08月13日 10:55
私もそういえば、愛嬌をなくしてしまってるかも・・??
日頃そんなにカリカリしてる訳ではないんですが・・
Hbarさんは度胸はあるほうですか?
って、今日の記事に関係ないコメで申し訳ないです~~o('ー'o)♪
2009年08月13日 23:24
ようこそ風子ちゃん。
愛嬌も度胸も心を広くする結果なんだよな。心を広く持つように心掛けねばね。1人で何も知らない外国へ行くんだから向こう見ずと言う位だろうね。

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