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zoom RSS 殺人を犯す者達

<<   作成日時 : 2007/04/20 08:49   >>

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日本国内では長崎市長殺人、米国では拳銃乱射とニュースの画面は忙しい。

人の死というのは特別なものだ。

この世の全てと縁を無くすという意味は分るだろうか。

一番縁を切るのは自分自身と言う事は案外意識していない。

しかし、死を怖がるという症状を見せる因はこれ以外には見当たらない。

殺人は絶対に許されない。

自身が自身と別れるという切なさが分っているのだろうか。

それを他人に強制する事が殺人と言う事だ。

昨日午後五時に、私事だが8つ違いの叔父貴が亡くなった。

四歳の折に、小学六年生の叔父が家庭科でカレーを作って持って帰ったのを食べた記憶がある。
小学生の時、我家に寄宿していた叔父から様々な戦闘(源平とか関が原等)の布陣を教えて貰ったのが私の歴史好きの始まりであった。

その叔父が居なくなったという想いは特別なものである。

家が違うので、叔父の嫁子の為す事に口は挟めない。

無念な気持だけは一緒だ。

現在の教育や報道を見ても、命の大切さは言うがその深い意味合いには言及しない。

死の意味が分らなくなるはずだ。

昔の普通の家は大家族で成人するまでに可愛がって貰った年寄りの死に多く出逢ってきた。

詰りは成長過程で死の意味を学んできたのだろう。

しかし、現在社会では殆どの家庭が核家族であり、縁の濃いい人の死とは無縁な古都が多い。

改めて死の意味、命の意味を教えねばと思う。

そうしなければ訳のわからない殺人事件が増えそうだ。

要するに人を殺す人は死の意味を特に大切な自己の死の理解に乏しいといえよう。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして、塚田と申します。
突然のコメントすみません。
新しく記事投稿サイトを始めました。
そこで記事の投稿のお願いにきました^^
あなたの書かれた記事を是非投稿してください。
もっと多くの人にあなたの記事を読んでもらってください。
アクセスアップとバックリンクの増加のお手伝いになると思います。
無料サービスですのでどんどん利用してください。
また、サイト内の記事は自由に引用していただいてOKです。
よろしくお願いします。
http://articlejapan.com
アーティクルサイトジャパン
URL
2007/04/20 11:33
1月に、98歳の父を亡くし、その後片づけに3か月かかり、やっと終わりました。ほっとしたところで、父の一生、母の一生について考え始めています。今の日本は、死が身近にないのと、子供達はコンピューターゲームの中で死を認識しているので、死んだら2度とその人は返ってこないのだということが実感としてわからないようですね。だから、簡単に自殺をしたり、殺人をしてしまうようです。身近な人の死を眼前に見るという体験を、幼いころから味わうことが大切だと思います。
首藤
URL
2007/04/21 06:32
お説ごもっとも、全く同感です。混乱の根元は 異文化価値観を 強引に押しつけられ咀嚼はおろか鵜呑みにさせられた、敗戦と占領政策まで遡、日本弱化占領政策の副産物とも。婚姻すると独立戸籍を作り老・壮・幼の連携が絶たれ、族(家族・民族)の知恵の伝承も絶たれた。百年杉・最初に苗を植えた人の精神が欠落しているのです、当時人生50年 何ら自分には報われることのない 困難な植林と管理、孫子の為 治山治水の為 村落の為 郷土の為に… 次世代への連携精神。今山が荒れていると言う 国産材の値上がり、心ない山の持ち主は、高いときに自分の代に利を得ようと 重機を投入 山肌を削り 表土を荒らし 伐採運搬、木材だけ あとは放置 勿論 植林はしない、 広大な面積という。
悲しい限りである。お盆の時 小遣いもらいに 田舎へ そんな関係のお祖父ちゃんお祖母ちゃんが亡くなっても 小遣いもらへなくなったと思うだけ。大きな懐に抱かれ共に食べ 時には叱られ 背中を見て育った 濃密な人間関係が突然断ち切られる死の現実、 その場に臨む事は 生への・命への・生死への一番の教訓だと思う。首藤さんのご意見に、全く賛成であります。 
oh-tinq
2007/04/21 16:59
首藤さん、oh-tingさん書込み有難うございます。
今更ながらに人間存在の大きさを考えさせられます。その大きなものをコンパクトに言葉で表現してしまうので誤解が出てくるのでしょう。このブログも自分で書いてこそ分るわけで、中々人の書いた物の真意は掴み難いものです。書いて、書いて、書込みましょう。何れ分る日が来る事を信じて。
Hbar
2007/04/22 07:45
はじめまして、oh-tingさん
おっしゃることには大いに同感です。今の日本の現状には目を覆いたくなることばかりです。
ただ、
>混乱の根元は 異文化価値観を 強引に押しつけられ咀嚼はおろか鵜呑みにさせられた、敗戦と占領政策まで遡、日本弱化占領政策の副産物とも。
とだけいいきれないのではないでしょうか。
たしかに戦後の混乱期、人は自分のことのみ考えなければ生きていけない時期があったのでしょう。でも、わたしは今のこの日本の荒廃はもっと違う切り口で見てみたいと思っています。確かにみんなで考え書き込んでいくことでなにかが見えてくるのでしょう。
ののはな
2007/04/22 22:12
ののはなさん 初めまして ご指摘有り難う御座います。
知恵のない話ですが 書き込みが長くなり「五百字以内」の制限に引っ掛かり
削除に次ぐ削除で文が継ぎ接ぎになってしまいました、削ってはトライ 削ってはトライ、意味不明になるので中止しようと思って最後のトライしたところ
書き込まれて、削除も成らず 継ぎ接ぎ書き込み文と成ってしまいました。
思い切って後半分を削除し、削除分を新たに書き込めば文意もハッキリしたかと

知恵のなさを大いに反省しました、ご指摘は甘受いたします。
oh-tinq
2007/04/23 00:43
しばらくお姿が見えないと思って居りましたが、いろいろおありだったことお悔やみ申し上げます。
自分と歳の差の少ない人の死は、特にいろいろなことを感じさせますね。
「昔の普通の家は大家族で成人するまでに可愛がって貰った年寄りの死に多く出逢ってきた。つまりは成長過程で死の意味を学んできたのだろう。」
このことは常々思っていることで、全く同感です。
死はゲームやドラマで知ることの多い現代では、無常を実感として感じることが出来ないと言うことでしょう。

六十路独り言
2007/04/23 10:45
ののはなさん、おババさん有難う御座います。
死と言うのは人間の本質に当るものですからコメントの多さに戸惑っています。ブログの本来の書き方に考えさせられました。本格的な自身の意見はひっそりと書くべきなのかも知れないですね。少し方針を転換するよう考えてみます。
Hbar
2007/04/23 15:02

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