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<<   作成日時 : 2007/08/09 15:28   >>

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「言志四録」は一斎が42歳から凡そ10年掛けて246条書いた「言志録」、57歳から10年掛けて255条書いた「言志後録」、67歳からやはり凡そ10年掛けて292条書いた「言志晩録」、80歳から凡そ二年で340条書いた「言志耋録」の4冊から成り、凡そ40年間に亘る総数1133条の随想録である。

書かれた年数が長く、年を経て感じる関心事及びそれに関る想いに年輪を感じ取られ、人間の年を経るという絶対事実に対する厳粛さに触れる思いがある。

儒学者である一斎の随想であるから四書(『論語・』『大学』『中庸』『孟子』)五経(『易経』、『書経』、『詩経』、『礼記』)、『春秋』)への感想も随分多い。又、様々な事件に対するコメントや肝心の教育問題も四書五経の記載から事例も引いて解説している。

4〜50代に書かれた「言志録」では四書五経から孔子を始とする聖人たちの姿や政治のあり方が流石に多い。

年を経るに従って、自身の意見が多くなり、それも晩録・耋録と後になればなる程、人間観・教育観・養生の記事が多くなってくる。

殊に耋録に至っては徹底した学問追求から得られた人生観に彩られ、自己に対して又は自己を彩る人間を含んだ環境への対処は具体性に富み、どの項目を読んでも我々に対して人生を見直さしめる箴言のみと言っても過言では無い。

一斎の処世観に座る大本には易がある。
この易は宇宙の運行の姿であって、我々人間がどんなにジタバタしても始まらない易が我々を選ぶのであって、我々が選びたくっても選べない状態でもある。
こういう事を仏教では縁と言うのだろう。

又、魂は天から気が集まって生じ、命が尽きる時散じて天に戻る。

肉体は地から授かり、命が尽きれば地に帰って行く。

その自身の肉体は両親や祖先の骸でもある。

天から授かった命を持つ我々は生まれながらにして五倫を持ち、それを自覚する為に学ぶ。
五倫(仁・義・礼・智・信)を自覚して世の為に働くことを願う。

それを志という。

志は逆境にあって堅まり、順境にあっては緩むという事実を忘れてはならない。

又、物事は漸を以って進むので、急激に想いは達せられない事を心得ねばならない。

無理をするなという戒めでもある。

そして全巻を通じて柱を為しているものが誠と敬の二文字だ。

耋録の334条で「人道。只是誠敬而已。(人が歩むべき道は、ただ誠と敬の二つだけである)」と言い切っている。

詰り、我々が歩んでいるし、歩まねばならない道は自身に対しては誠実さと他人に対しては敬いへりくだる行為のみであると喝破している。

この道こそが他を圧倒する強者へのステップのようだ。

詰り、地球規模の競争に勝ち残る為にこそ実行しなければならないのが誠敬の二文字だ。
雅に、現代社会が犯されている病の治療にこれ以外には無いだろう。

それを現代社会に活かす為にも、言志四録に書いてある教育論及び生き方についてどういう論じ方をしているのか垣間見る事にする。

教化され、生き方を完成させたものが聖人に他ならない。

そしてその聖人が一般の人々を統べて政治を行う姿が儒学本来のあり方であり言志四録が言わんとする趣旨であろうと思われる。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
私などには思いもよらない書物、思想を教えていただいて、ありがたいです。勉強になります。
首藤
URL
2007/08/09 17:29
読書百遍して分るものを今は10度しか読んでいません。大変ですが学びたいものです。この後も少しこの記述が続きます。詳しくは機会を改めて書きたく思っています。
hbar
2007/08/09 21:07

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