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zoom RSS 第18章 医療現場の思いやり

<<   作成日時 : 2007/11/10 04:32   >>

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医師の燃え尽き症候群は、絶望的に忙しい医学生・研修医時代から始まっている。
只でさえ、仕事の負担が過酷なのに、医師に増々能率的診療を強いる経済性の要求が加われば、暗澹たる気分になるのは当然だ。
症状は、仕事に対する情緒的疲弊、強い不満感、相手を人間として見られなくなる「我−それ」の態度等ではっきりしている。
組織的な愛情欠陥
人が番号を付けられた単位、固有の価値を持たない交換可能な部品として扱われる時、効率や費用効果の名の下に共感が犠牲になる。
病院経営者はこう語った「サービスは収益次第なのです。自分が待たされる身だったらどうか、等という事は考えません。患者が何を期待しているかも先ず考えません。増して、できるだけ扱いを良くしようなんて考えません。病院の経営や情報の流れは、患者でなく医療スタッフに都合よく出来ているのです。」と。
より人道主義的な組織を目指すには、医療関係者の心と頭及び外から見えるものも見えないものも含めて医療制度の基本原則を社会的要請を汲取るという意味でも改善しなければならない。
人間を人間として認める医療
血の通わぬ現代医療は、人間性が置去りにされる例に事欠かない。
医療関係者が心を忘れ、機械的な対応をして、無用な「医原性の苦痛」を齎している。
死が間近な患者でさえ、医師の無神経な対応によって病気そのものよりも精神的苦痛を被る。
アメリカ医学協会の「医の倫理綱領」第一原則は、医師は思いやりを持って適切な医療を提供しなければならないと定めている。
医師と患者のラポール構築は、診察や治療の十分な説明をし、他愛ない話の傾聴や患者に手を触れ、並んで腰を下ろし共に笑う(ユーモアには短時間で強力なラポール構築力を持つ)だけだ。
医師の関心を病気を持つ患者という人間に持っていく事が大切だ。
患者は医師からの心配りを含む「有益な情報」を喜び、それは患者の記憶に留まり厳守される。
癒すという行為は、単に病気を治す事のみではなく、患者が肉体と心の健康を取戻す為に手を貸す事だ。
患者には医療と同時に癒しが必要であり、薬品や技術にできない癒しを齎すのが思いやりだ。
心遣いのフローチャート
スタッフへの心遣いは、大人向けに「安全基地」を用意する事でもある。
心遣いはただ話に耳を傾ける事から、不満の訴えを確り受止め、敬意を表し、賞賛の言葉を掛け、他人の仕事に感謝する等の職場で働く人間の気持を明るくするごく普通の行為だ。
しかし、この普通の行為は稀にしか行われず、一方的に行う者は燃え尽きてしまいがちだ。
この普通の行為を行い合う為にはお互いに「我−汝」の関係が必要である。
情動面で報いられないと、他人を気遣うエネルギーは枯渇してしまう。
医療関係で働く人達は、情動面で必要なサポートを与えられていると感じられれば、患者に対しても同じようにサポートを与え得るが、ソーシャルワーカー・医師・看護婦夫々が燃え尽きてしまっては他者を思いやる心の余裕は失われてしまう。
癒しのプロにも癒しを
仕事に関して満たされない思いを強く抱いている看護士程使命感を失い、健康状態も悪く、仕事を辞めたいと考えている割合が高い。
看護士が患者から絶望・怒り・不安等の不快ストレスを貰う事から生じると考えられる。
しかし、心の繋がりを多く作れている看護士程、健康状態が良好で、自分の仕事に対する使命感も確りしていて、仕事を辞めたいと考える割合が低い。
常に他人の悩みを聞く役割を続けていると、同情疲労を起してストレスを貰い易くなる。
この解決法は、他人の悩みに耳を傾ける仕事を辞める事ではなく、ヘルパーに対して情動面でのサポートを用意する事だ。
思いやりの大切さがきちんと認識されている医療機関では、看護士のように苦痛や絶望に直面する前線で働く職員に対して、心を「新陳代謝」して負担を軽減する為に必要な助けが用意されており、スタッフが燃え尽きずに共感を発揮できるよう心の回復力を高めている。
スポーツ選手が反復運動過多損傷を防ぐ為にストレッチ休憩をとるように、心のストレスが蓄積する人々にも心を解す為の休憩時間と解す手法が必要だろう。
リーダーの優劣を決めるのは、最低限の専門知識に加えて、共感・紛争解決・人材育成等の人間関係に関る能力であって、心遣いによってスタッフが安心して仕事に取組めるよう心の支えになれるかどうかだ。
希望や慰めだけでがんを克服できるとは思わないが・・・・
人と繋がる仕事がしたいという動機から多くの人達が医療の世界に入ってくるのに、生物医学的な方向にばかり目が向き、テクノロジーが重視され、患者の回転を極力速くしようと考える病院の風土の中で、最初の志が少しずつ薄れていく。
問題は、共感能力が教育可能かどうかではない。
医学生が持っていた共感能力をなくしている元凶は何かだ。
死の数ヶ月前に書いた手記の中で、思いやりのある医療を支援・促進する為にケネス・B・シュワルツセンターを設立したケネス・シュワルツは、「治療の望みを託して受けていた強い放射線治療や化学療法よりも、無言の内に示される慈愛の仕種から、より大きな癒しを感じる事ができた。希望や慰めだけでがんを克服できるとは思っていないが、私にとっては思いやりが非常に大きな違いを齎してくれたのである。」と言っている。

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【ミラクル介護日記】 人間関係
女の職場は人間関係が難しいと聞くが、ホームでは特に大きなトラブルもなく、平和な毎日だ。時には井戸端会議的なうわさ話に、振り回される事もあるが、悪意のあるスタッフはいないので深刻にはならない。狭い人間関係で反目し合っていたら、仕事に影響して、入居の方々にも迷惑がかかるだろう。 ...続きを見る
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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
今朝、旧コムスンの介護現場の最新状況がどうなっているかを報道していましたが、医療の現場も介護の現場も大変、厳しい状況になっているようですね。私自身、定期的に近くの医院にかかっていますが、9:00から14:00位まで、休憩すらとらず、昼食をとる間もそこそこに、往信に行かれ、また、16:00から、午後の診療をされているのを見ていると、本当に大変だと思います。また、産婦人科医が少ないというのも、何かあったときの訴訟問題などを考えて、敬遠しているような報道を見ると、残念な気がしています。
楽夢大喜(kitasun)
2007/11/10 09:30
医療現場に携わる方々は本当に大変です。
コムスンの問題は民間に任せ得ない事を民間に任せた罪に他なりません。
先ず、あるべき姿を行政が創り、それから民営化するのが道です。
何の為の背税金を湯水のように使う行政であるのか。
するべき事をしてこそ公務員ではないか。
汚職をしたり不始末をしたり、何の為に税金を浪費するのか。
公務員こそ国民に対して「我-それ」を「我-汝」を考えねばならない。
全ての不祥事は国民に対して「我-それ」を貫いているからに過ぎず、不祥事でなくてもお役所仕事と言えばどうなのか。
Hbar
2007/11/10 13:45
はじめまして。脳に関する記事を検索していたら、偶然拝見いたしました。興味深い書き込みだと思って色々読ませていただくと、この記事を見つけ、コメントさせていただいています。

僕は将来精神科医になろうと思って今医学部に通っている学生ですが、Hbarさんのおっしゃる通り、心と体というのは独立した存在ではなく、互いに干渉しているものだと確信しています。精神科の授業でもそう習います。
ただ、精神科を除く科では、体を治すことに時間と労力を割くので、どうしても”心”を意識して治療する、という風にはいきません。
また、おっしゃるように"医療従事者への癒し"は確かに大切な問題だと思います。大学病院に実習に行くと、本当に忙しそうなスタッフの方々を数多くみかけます。
どちらの問題にしても、ちょっとした気遣いや思いやりが大事なんでしょうね。
それがあると何とか頑張れたりすると思います。
龍馬
2008/06/14 09:31
ようこそ龍馬さん。
お医者さんも大変ですね。色々職種が細分化してしまって、色々と分るようになったのは良いのですが、木を見て森を見ずとの例え通り、患者と医者との信頼感が大切というのが疎かになっているのか、人間に対する意識そのものも変っています。これから医学を究められるには哲学をきちんとやるかやらないというのが大切なように思います。頑張って、少しでも人の役に立つよう学ばれる事を願います。
Hbar
2008/06/14 12:52

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