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zoom RSS 地球は何処へ行くのか

<<   作成日時 : 2008/05/24 10:46   >>

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カノッサの屈辱と言えば、日本では藤原道長が「この世をば わが世とぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば」と詠んだ摂関政治が終焉を迎え、各地で武家が勃興し、源平への騒乱へと移行していくこの時期を反映して米国の金融事情を描くというのは誠に皮肉と言わざるを得ない。

摂関制度と言うのは、後の官僚制度にやや通じる所があるが、日本独特の優れたせいどでもあった。というのは政治の専門職を家門に任せ、それらの家々では3才頃から英才教育を始めて政治の専門家を育成してそれに出仕させて天皇親政を手助けする為に発足したものが摂関制度へと変質したに他ならない。

これも米国の金融制度とよく似ている。
20世紀前半まで米国を支えたGEやGMを代表する世界の工場は労働組合の攻勢に屈して工場を海外移転して米国の世界の工場の地位を完全に明渡した。これも親政天皇が唐の律令制度を真似て創った政権システムを維持する為に唐にはそれまで数千年に及ぶ諸子百家を初めとする民衆の学問基盤が存在して科挙があったがそれに変るものとしてその師弟教育を義務付ける世襲制を取った事に擬せられる。当事の師弟教育は師弟が凡俗であれは貧しい所から養子を取ってでもした事に摂関制度が定着した要因があった。

米国の金融政策も返済能力と言う金融にとって金科玉条とも言うべきものを無視したサブを創ってしまった事が大きな原因だ。摂関制度の終焉を迎えなければならない原因も、それまで続いてきた能力主義をカノッサの屈辱時に亡くなった関白藤原教通が無能な我が子に世襲し延久の荘園整理令を容認した事が遠因であったかも知れない。
10世紀の終焉を待って、荘園停止令がだされ、平安王朝政権は自身の首を締めて11世紀を迎える。

果たして、米国はどういう歴史を辿るのかみものである。


これまで辿ってきた自身の首を締める結果を齎す政策を続けるのか、それとも歴史に学ぶのかが問われている。
摂関政治から天皇親政へ夢を捨てきれない主権存続が100年延命は果した。
日本史においては12世紀後半に源平が覇権を争い、その終わりに武家政権の誕生となった。

米国の覇権は続くのか、それとも覇権は他の諸国に移るのか、もう1つの選択は地球が1つの国家となるのか。


それでも歴史は弛まなく続いていく。
この地球が太陽の爆発に飲込まれる日まで。

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