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zoom RSS 解決を急ぐ姿勢と対策としての「学校の医療化」

<<   作成日時 : 2008/06/09 11:41   >>

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講演では分らない侭にしておけないので、その発生機序を子供・養育者・担当者夫々の立場から探ろうとする。
その子にある発達障害かどうかという特性の有無、モンスターペアケンツかどうか養育態度の点検、関与の実態を生涯教育の観点から点検等だ。
何処かに回答(犯人)がある(いる)という信念から問題の個人化へ向かうのが止められない実態。

そして、それらの犯人探しとして特別支援教育の功罪・軽度発達障害ブーム・医学的尺度で子供を測定して、一見「説明し易い」「分り易い」等の原因から医学的問題の所在を探る傾向が増強され、生徒の「問題」であれば学校の責任、「病気」であれば医療の責任とでもいうような雰囲気が醸成され、これは支援に結び付かないし、チームアプローチで無いと指摘を受けた。


子供の分らなさは、犯人探しで終わってはならないという事だ。
科学的視点に立てば、全ての解決は問題の直視から始まると言う事だろう。

事実、問題を起す自閉症スペクトラムはその子の持つどうにも逃れられない環境が大きな役割を果し、それらの環境は両親のみならず、親族や近隣の住民が関る問題でもある。それらから受ける様々な影響を無視して、3者に犯人を求めても追詰めるのみで何の解決にもならない。

解決に結び付るには、夫々3者に対する調査もだが、その持つ環境を調べなければ何にもならない。そして、様々な要因によって現在の症状が起きているとしたら、何を加える事によって症状が緩和するか調べて3者が自身の置かれた役割分担に従って対応すべきだろう。

症状には足す事は出来ても、減じる事は出来ない。又、加える事によって緩和は出来てもなくなりはしない事を肝に銘じなければならない。

当事者である3者は、事実を確り分析して問題解決にあたらなければならない。
そして問題を例外化させるのではなく、スペクトラムスのどの部分に問題点があってもそれに対する対し方は世の中と共存する為にしなければならず、その為に学校で当事者の3者が共通認識の基で協力し合って問題解決にあたらねばならない。

筆者は自閉症者が俺ルールから分るように法則化の達人であり、強力な法則化エンジンを搭載させる要素をふんだんに持っていると信じるものだ。

その長所を活かす為にも3者の連携が必要だ。

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