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zoom RSS 虐待

<<   作成日時 : 2008/06/02 15:11   >>

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ウィキペディアによると虐待は「自分の保護下にある者に対し、長期間にわたって暴力を奮ったり、世話をしない、いやがらせや無視をするなどの行為を行うことを言う。」とある。
これは1874年に発覚したメアリ・エレン・ウィルソン事件を切欠として社会的に注目されるようになり、日本でも虐めによる登校拒否事件等から注目を集めるようになった。
日本では昔、親や教師は鉄拳で子供の非を咎める風習があった。しかし、今では親や先生は子供達と友達のように振舞うようになり、それが却って子供達の学習を奪っているような気もする。痛い想いをしてこそ覚えるというのは太古からの鉄則であるが、暴力のみ否定して子供が悪に走るのに止められない現状は悲しむべきものだ。先日もTVでボランティアの人が暴走族を根気良く相手をして更正させる試みが紹介されていたが、ああいう善意は珍しく尊敬に値する。非暴力として現在もダライ・ラマが有名だが、チベット問題は政治的に利用はすれども真に力を尽くす国は無い。
暴力こそ力であるという最強が米国に他ならず、そこで何を言っていても信用に足るはずは無い。
中国がここ最近力を付けてきて、輸出入共に米国、ドイツに次いで世界第3位となって力が付いた事で実質を追求するようになっている。
自閉症児に対する虐待は悲劇しか生まない。
抑え込まれた時になるのが知的障害では無かろうか。
自閉症スペクトラムと綺麗な言回しをしているが、自身障害者の立場から身に聞くと環境次第と考える。
詰り、自閉症者に対する虐待は生き難い状態を押え込まれて、自然な発達さえ阻害されるように思える。
そして、知的障害者に対する行政の態度も虐待ではなかろうか。
伸びる可能性を押し殺した為に一生を知的障害者として生きなければならぬ人生は辛い。
ここでは、虐待・ネグレストが発達に悪い影響を及ぼし、その根幹に愛着の歪みを挙げる。

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コメント(6件)

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hbarさんのこの記事を読むと、知的障害を伴う自閉症児・者の親は虐待をしている、と書かれているかのようにも受け取られますが、そのような読みでいいのでしょうか。
ネグレストの通りすがり
2008/06/02 16:39
非虐待者が虐待と受取られるものが暴力とは限りません。このように自身の立場を明確にせず揚げ足を取るのも虐待だろうと考えます。ご自身の立場をブログででも何でも明らかにされたら如何ですか。
Hbar
2008/06/02 18:00
> 自閉症児に対する虐待は悲劇しか生まない。
> 抑え込まれた時になるのが知的障害では無かろうか。

これを知的障害を伴う自閉症児・者の養育者が読まれたら、どんな風に感じるか、その人の立場に立って想像することができますか?もちろんこの部分を取り出して読んだのでないとしてもですよ。相手の立場に立って考えられないのは、hbarさんの障害の一部ですよね?専門家の支援を受けられるといいと思いますよ。

私は日本自閉症協会のとある支部の親の会でボランティアをしておりますし、また特別支援学校のボランティアで自閉症その他知的障害のある子どもたちとも接しております。私は子どものために何が良いのかを知りたいと思いますし、また養育者のお力にも立てればと思っております。
子どもが発達障害であるか否かは別として、被虐待児をサポートしようと思えば、必ず虐待している親の方のサポートも必要となります。そのような視点で考えると、hbarさんのやり方は最大の効果を得られないと私は思います。よく考えられてください。
ネグレストの通りすがり
2008/06/02 22:29
ネグレストの通りすがりさん削除されてもコメントして頂き、有難う御座います。面倒でも最初からお立場を鮮明になさりコメントをして頂きたい。折角ネット巡回なさっておられるのですからご自身もご意見を発信して頂きたく存じます。私自身が情報発信を始めた真の目的は養育者が真の情報を持たなければ、真の解決には至らないという考え方からです。私が発信者として不遜であると同様に立場上仕方ない事としてサポーター及び養育者は自閉症者本人にとっては世話している立場だという事が見え隠れしています。私がそうであるように人間として弱い部分であるここの所が療育を歪めている患部と思います。その最大原因はこの障害を分らない事を前提にしている事だと感じております。初学者でありながら無謀かも知れませんが、それに挑戦しているのが私自身です。親に対する真のサポートは真実と一緒に向合う事です。逢えば私の熱い心も知って頂けますが、ネットでは限界があります。しかし、一貫した変らぬ態度で理解を得たく存じます。その場逃れでは一貫性は生れません。何時か分って頂けると信じております。
Hbar
2008/06/03 06:11
始めまして。



私は子供の虚言により社会的に信用を失い、区役所や保健所からは「虐待した親」という根も葉も無いレッテルを「子供により貼られて」相談相手もなく、自殺したという遠い友人がいます。この場合、子供がいくら未成年とはいえもう16だったこと、考える能力はあったこと、亡くなった母親への名誉毀損、母親のうつ病を悪化させ健康を著しく損ねた罪により友人とこの子供を告訴する構えです。


「児童虐待」ではなく「母親虐待」。最近増えてきました。


子供は芝居をよくしますね。同情の余地もありません。



もっと早く気付くことができなかった友人への申し訳なさとともにこの子供への怒りでいっぱいです。



仲良く会話を
2008/06/18 04:28
仲良く会話をさんようこそ。
一方的な見方だけ述べられて、告訴云々を言われても困ります。貴方の信条を綴ったブログでも良いから一貫性のあるものを示して頂かなくては同情のしようがありません。「虐待した親」というレッテルが貼られたと言う事ですが根も葉も無ければ貼りようも無く、常識的に考えれば最低でも根や葉はあったと断ぜざるは得ません。根というのは根本原因の事で、親を陥れる程の心根を作ったのはその貼られた母親もその1員である周囲の大人の影響でしょう。少なくとも、子供にとって母親は安全地帯で無かったと言えましょう。それと葉に関しては、反抗期に起した事件であって、悪戯と考えられなくは無いですが、自身を虐待されたと言う証拠である無数の傷を作って立証している訳ですから子供にとって事実で無ければ大変な負担と考えられ、事実無根と断ずるのは難しいでしょう。それと、もし虐待をしていないのであれば、母親として自傷もしくは他者の虐めによる傷を我子に受けているのですから親としてそれを究明するのが当然でしょう。この記事は広汎性発達障害についての記事ですので、これ以上はその虐待について書かれたサイトでなさって下さい。
Hbar
2008/06/18 07:06

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