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<<   作成日時 : 2008/07/12 12:08   >>

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自閉症者は3つ組の困難性を克服できた時、真の自立が適う。
元々、3つ組は小脳に動作回路が記憶されない為に起因している。

大脳に動作回路を植え込んで初めて五感に対応する記憶を持てるのが自閉症者だ。
そして着目すべき事として、言葉を覚え集団生活でのチェック項目を覚えさせる為に大脳の領域を無秩序に自閉症療育という錦の御旗を立てて使っているのが実情に他ならない。


これ迄にも書いてきたように、自閉症者は遅いながらも成長を続ける。
その成長は大脳への膨大な書込みによって実現し、その使用領域を軽減させる為に俺ルールが作られる実情は述べた。

大人の都合で余分な大脳への書込みは自粛すべきではないかと筆者は訴える。
もしそれらの大人の都合で覚えさされる事が多くを占める場合、当然の事として脳の使い方は自然を欠いてしまう。
近年の自閉症者による様々な社会を不安に陥れる犯罪や精神的疾患を生む原因をここに求めたい。
もし、直に覚えなくとも社会生活に必要な情報は覚えて行くものだ。

しかし、種だけは繰返して覚えなければ覚えることすら覚束ないのが自閉症でもある。
自然に覚えた結果が俺ルールとして活用できるものを教えればどうかと考える。


文字が生れて現代まで4千年が経つ。
その時の経過は我々に残すべきものだけ時の経過を濾紙として文化として残してくれている。
そういうこの世にあって淘汰されて残ったものが俺ルールとして定着すればこれほど強いものも無いだろう。
そういう俺ルールを持てば、それは排除されず大きな塊となって法則化エンジンの源とも成りうると考える。
そういう療育で育った自閉者達は健常者の天才達と共に社会を支えると考えるが如何。


長い年月を経た俺ルールにしたい文化に仏教哲学囲碁を挙げたい。
この2つは筆者自身を育んだものに他ならない。
仏教哲学は修得すれば、社会を捉える為のモデルを提供してくれるのみで無く、自身の世界観及び処世哲学ともなり得る。
囲碁は雅に自閉者にとって最適で、ゲームのあり方そのものが自閉者の脳そのものに思える。ゲームであるから赤ん坊同士が取っ組合いの喧嘩をするような所から学べて、実際のやり取りはお互いの心を解析する事を学ばせてくれる。又、文字の発生する以前に抽象物の伝達に使われる為に発生した経緯を見ても様々な抽象概念の修得に力を添えるであろう。
それによって仏教哲学を修得する手助けともなるだろうと考える。


そういう療育を施す事によって真の自立へ一歩進むと考える。

この考え方は知的障害を持つ自閉児にも適用されるべきだ。

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