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zoom RSS 自殺の主因は自己の否定に他ならない

<<   作成日時 : 2009/06/13 09:18   >>

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自殺者が連年3万人を越える中で正鵠を得た評論に出会えないのは真に残念だ。枝葉末節ばかりを挙げつろい、ああでもないこうでもないと言う議論が巷に満ち溢れている。

自殺が多いのは政治の失敗である事を否定するものは居ない。何故なら、政治の目的は主権者たる国民の幸福に他ならないからだ。経済の不振を原因に挙げる人が多いが、それは的を得ていない。清貧にこそ様々な真実に触れると言う事実は覆うべくも無く、貧賤は秋冬の如しその志を堅くするの言にもあるように貧しさと言うのは金持ちから見れば負惜しみに聞こえるかも知れないが宝そのものと言っても過言ではない。


然るに、経済の不振が自殺者の主因ではない。


自殺は己の人格の否定でもある。自身の人格に誇りを持つ人に自殺する人は居ない。ここまで言えば教育の問題だと分るだろう。

教育基本法第2条に教育の目的として人格の形成を高らかに謳い上げている。その精神に法って作られるはずの学校学習指導要領に問題があると言わざるを得ない。無論、その指導要領には高らかに理想は謳い上げてはいる。しかし、教育現場を見ると父兄・教師・児童夫々がのたうち回っているのが現状だ。それでも文科省から教育委員会、現場へ流れる指導は相変わらずで、現場教師の実務はその主任務たる教育を離れて雑務に追われているのが現状だ。

こういう状態で真の人格形成等出来ようも無く、進学競争を煽っている現状を否めない。それが家庭を疲弊させ、その挙句に大学を出て、生きる目標を持てない若者の如何に多いことか。

大方の勤労者は上司の望む計画書を提出させられて、その計画の実行に勤しんでいる。自己の人格を否定しなければ働く事さえ侭ならない世の中ではある。人は喜びに生きる時、ドーパミンに溢れその作業に没頭できる。しかし、現在の勤労者の置かれた状態は喜びとは遥かにかけ離れている課題を自らに負わせ給与と引換えに、その実現に邁進している勤労者の如何に多いことか。


人は仕事だから辛くて当り前とよく言う。
昔は勤労を喜びとしていたように思う。主権者たる国民に対してそのフレームワークを作る事が政治における主任務に他ならない。終戦直後から高度成長前半までは良かった。官僚の書く作文が国民の喜びを誘うものだったからだ。それが今では自らの権益を守る為だけに存在しているかのようだ。官僚の作文しか読まない宰相には国民を不幸のどん底へ落とす姿しか見えてこない。


政治を志したならば自殺者の増加が語る真の意味を理解するべきではないか。

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