よく考えよう

アクセスカウンタ

zoom RSS 自閉症者の生き難さ

<<   作成日時 : 2009/07/07 00:00   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 7 / トラックバック 1 / コメント 8

先ず、自閉症者は何も感じられない世界観から人生のスタートラインを迎える。健常児はベビースマイルからスタートするのに比べて大きなハンデだ。ベビースマイルが無いから可愛げの無い子供になってしまう。

両者の違いは雅に頭頂葉と前頭前野において制御が働くか否かの違いに他ならない。制御が効いて初めて様々な他者との応答が可能にもなる。自閉症者の異常行動はその制御を弄る行為の顕れだ。そこに様々な伝説が誕生すると考える。

心の理論と言われるものが心理学にあるが、他者が居て同じ場面に自分も居ると言う自覚が生まれるのに健常児では4才だが、自閉症者は9〜10才になるという事実は多くの専門家が認めている。只、それが何故起きるのかと言う見解は未だのようだ。

その遅れている間、自閉症の脳の中で何が行われているか解明できれば脳の計算理論解明に大きな前進を与えてくれるように考える。その差は埋まらず、大体60才位で健常者の大脳の社会的機能に追着くのだろうと自身の体験からそう言う風に感じている。

普通であれば対応する細胞があり、様々な動作に対して制御できるのだが、自閉症者の場合はそれを探さなければならない所から、大きくハンディキャップを持っている。その探すと言う機能が出来るまでが大変なのだが、時が解決してくれているように考えられているけれども、実は脳は大活躍している訳だ。

傍目からは発達の遅い面を見て、さぼっているように思われて知的障害と認識される人も居る事には大きく警鈴を鳴らしたい。支援者は「こういう事が分らないのですよ」と経験からどうしようもなく、同じ事を繰返す事で支援をしている現実がある。これは認識を改めて頂きたい。詰り、支援体制の根本から考え直さねばならないと考えている。 

さて、卵畑さんの出した題「『木を見て森を見ず』あるいは『木を見て森を見ようとする』傾向がある」と言う事について論じる事に挑戦したい。これこそが、正しく制御スイッチを弄っている実態ではないのかと言う事だ。どういう事かと言えば、正常に生まれていれば1対1の神経回路と制御スイッチが対応している所を、対応する細胞が無く、全ての細胞は発生順に割当てられていて全てが生命体の維持に必要な訳だ。それでこそ普通のどこもベビースマイルをしないだけの変った所が無く生まれてくる訳だ。

その対応する制御装置が働かない状態でこの社会に出てきて、社会との対応を迫られるというのが現実だ。感覚器受容体はその受ける刺激は同じように脳を刺激し続けているのだが、それに対して対応する制御スイッチを探すと言う脳機能が働くと考えると遅れながらの発達と言う事実とマッチングするではないか。その作業こそ広大な森の中の一本の若芽を探すのに似ているように考えると辻褄が合うのではないか。

詰り、脳の中で行っている作業そのものが『木を見て森を見ず』あるいは『木を見て森を見ようとする』傾向があると言う事だ。考えるスタイルが全く異なっているので健常者から見ると違和感を感じ、その関係が濃密であればあるほどその表現はバッシングとなって現れる。私も散々バッシングを受けた挙句、最終的に実際には本名で言われているのだが「Hbarさんは正直なだけですね。」と言う対応を受けた経験もある。


直向さが自閉症者に現れる最大の特徴でもある。

是非、支援者や保護者に認識を新たにして頂き、自閉症の生き易い世の中になって欲しいものだ。

私の場合は、自身が自閉症と知らずに起きた出来事でもある。

知っていれば、生き方対応も随分違ったものになったはずだ。もし、その可能性があるなら良く分る先生に早く診断を受ける事を薦める。


子供は必死なのだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 7
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた 驚いた

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
なぜ「可愛げがない」のか。(4)
↓の続きです。 ...続きを見る
『自閉症』『アスペルガー症候群』を考える...
2009/07/12 10:00

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
木を見て森を見ずはこの私かも・・
森を見ようとする努力は必要ですね

ご自分のことを的確に分析されているHbarさん立派ですよ・・
そして今は韓国へも渡り大きなことにも取り組まれていらっしゃるんだから・・
風子
2009/07/07 10:55
風子ちゃんようこそ。
そう言ってくれるのは風子ちゃんだけだよ。惚れた男の赤烏帽子が男の本質なんだから、クロクマ君に言ってあげてね。
Hbar
2009/07/07 11:28
>詰り、脳の中で行っている作業そのものが『木を見て森を見ず』あるいは『木を見て森を見ようとする』傾向があると言う事だ。

これは斬新ですね。
けれども、「刺激に対応する制御スイッチを探している」ということには、心当たりがあります。
私は自分がひたすら「何かから逃げ続けている」ように感じているのです。
と同時に、「何かを求め続けている」ようにも思われます。
うまく表現できませんが、そのために手当たり次第にならざるを得ないようなところがあるのではないかと。

バッシングは健常者が自尊心を守るための行為ですから。
自閉症者が理論を言うのも、健常者はバッシングと受け止めることがあるようですが。
こちらは何も守っていませんから、根本的な在り方が違います。
「Hbarさんは正直なだけですね。」ということは、相手もそれに気付いたのかもしれません。
私もこういった終わり方をした関係が多々あります。
今は「単に合わなかっただけだ」と思っています。
卵畑
2009/07/07 12:57
卵畑さんようこそ。
バッシングした相手は親族にあたるので、終わりになりようがないんですよ。今は顔を合せても相手が蒸している感じですね。終わりようの無い関係だからこそバッシングに発展したようですよ。
Hbar
2009/07/07 20:20
こんにちは。
Hbarさんが最近になって自閉症と診断されて、もう少し早ければ良かったと仰っていますが、
何歳位なら妥当だと思われますか?
例えば特別支援学級など、小学生時には普通クラスとは別になりますよね。
その時点で知的に問題ない子供ならば、何故自分は普通クラスではないのか?と思いますよね。
精神年齢が半分なら小学生は幼稚園並みの理解力だろうし、
思春期の中学生は小学生並みですよね?
精神年齢と言っても、凸凹に個人差があって、
必ずしも半分程度の精神年齢とも思えない点もあるのですが、いかがでしょうか?

2009/07/07 22:19
浜さんようこそ。
診断は早ければ早いに越した事はありません。只、問題は専門家の先生が指導ができないと言いますか、診断後の対応が悪い状態が多いように見受けます。保護者は指導者の言うが侭で、結果的に本人の負担ばかりが増え療育が失敗しているケースも多いのではと危惧します。
精神年齢と言うのは人格の自覚を言うのであって個々の識別についてはアインシュタインやビルゲイツのように逆に増えているケースもありますのでここらを混濁した理解をされても間違うでしょう。私の自閉症仮説がセントラルドグマになれば良いと考えています。
Hbar
2009/07/08 03:39
コメントありがとうございます。
精神年齢=人格の形成ですか?
自我のような物とは別物ですか?
年齢相応の理解力や、社会適応力、とは別の意味で使われていますか?
また、早ければ早い方が良いとの事ですが、
早くすることによって、どのような点で本人にとってプラスだと思われますか?
質問ばかりで失礼いたしました。

2009/07/08 08:09
浜さんようこそ。
自我が出来てこそ、社会適応力を可能にする人格が形成されると理解してます。そもそも、その3者を分けて考える方が不思議です。
自閉症は脳機能の障害ですので、例えば片手が無く不自由なのと身体的には同一です。外見だけ同じで、健常児と同じ扱い、扱うのは5体不満足の乙武さんと同じく同様が望ましいですが、克服に必要な肝心の人格の幼さで要求するのが酷だと思います。
それと、文科省の学校教育指導要領に「何を考えているんだ」と言う程、怒りを覚えていて、その制度が様々な矛盾を生み、自閉症に対する対応も満足のいかない結果を与えている大きな要因と考えています。この件の質問は私のブログ全てを読んだ上でお願いします。
自閉症に関する疑問・質問は大歓迎です。私も学習中でして、日々進化している最中ですので。
Hbar
2009/07/08 09:38

コメントする help

ニックネーム
本 文
自閉症者の生き難さ よく考えよう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる